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Issueおじちゃんの新・ダメおやじ日記

自分の発達障害や日頃考えていることを綴って行きます。

暦の上でもディセンバー

今年も残すところ26日となりました。今年は北海道日本ハムファイターズが10年ぶり日本一を達成しただけに、その余波が俺にも来たと思ってしまうほどでした。今月で入社2年目になります。

職場でクビ寸前の失点をしてしまう一方で、国家試験の勉強を始め、改めてその知識が高度であることを知りました。自然科学はアンアンで医学超人さんなど全国ランカーの皆さんにボコボコにされてきたのでトラウマになっているところもあります。その甲斐あってか勉強での悩みは軽くて済みました。日高大介さんの本にもあるようにクイズ脳も役に立つものだと実感してます。

定着支援の施設で話しているうちに嗚咽してしまい、大粒の涙を流しみっともない顔になっていました。今でも職場では打ち解けられずにいる人が多くて、かなりストレスを感じることは多くても、当事者活動や津軽三味線等の余暇でリフレッシュできた面もあります。

プライベートでも家族と頻繁に確執があり、精神不安定になることもありました。その中でうれしかったのは、かなしろにゃんこ。先生の新作がようやく出版され献本を頂けたことです。取材時に同席してくれた元施設長が新しく施設を開いたこともうれしい知らせでした。

参考にまで、こんな本も出してるのでもしよければ密林パイセンまでお越しを。

辛いこともたくさんあったけど、その分幸運な出来事や人々の善意で救われたことの方が多いですね。

妖怪俳句、二句目採用!

妖怪俳句はくいい爺をネタにした句で初めて採用されましたが、ヒキコウモリをネタにして2回目の採用。俺自身ベタすぎてあかんなとも思えたとはいえ、それがよかったんだろうね。興味のある方はこちらへ。

妖怪ワールドのコンテンツはもう更新されてるので、俺のツイートをご参照ください。

メリケンレジェンド妖怪の一人・キラコマ欲しさにドリームメダルvol2を15袋買ってしまいました。俺の目押しテクがヘボいのか、そのうちキラコマパス2つにブルジョアGパス1枚という結果に終わりました…。

前に2回挑戦しているけど、今度はモテモ天を伴ってキラコマに挑戦し何とかともだちになってくれてよかった。俺自身ブカッコウと暮らしてるようなもんなので、キラコマに取りついてもらいたいほどです。ラストサムライ、もといラストブシニャンも手に入れておきたいなと思います。

二次元は簡単に裏切らないが、三次元はマジでクソすぎる。妖怪ウォッチのドリームガシャマシンで連コ厨と化した「くさったおおきなおともだち」は特に許せない。子供にその様を注意されても彼らは平静でいられるだろうか?逆切れする可能性が高い。連コでレジェンド出るまで粘るって、周りに人がいなければまだ許されるだろう。しかし、待機客がいれば話は別。筐体内のガシャ玉がなくなって他の人が泣き見るってテメーどんだけジャイアンなんだと俺も思っちゃうよ。

こんな奴らに限って、オークションや某サブカル雑貨屋に転売する厨房なんだろうね。だとしたら溜息出て笑っちゃうね。

鬼十則から考えてみた

東大卒の電通ウーマンが自殺したことで巷で話題となっている。
しかし、男性が自殺した時はさしてネタにしなかったマスコミはどうなんだと
俺も思います。

ツイッターでも生まれてから手塩にかけて育てた子供をDQN企業が1年もしない
うちに死に追いやるという事実で電通は非難のやぶすまにさらされていました。
当然だろうといいたいんすよ。

鬼十則電通の屋台骨を支えてきたのも事実だろうが、時代にそぐわない面も
事実として現れている。

1. 仕事は自ら創るべきで、与えられるべきでない。
2. 仕事とは、先手先手と働き掛けていくことで、受け身でやるものではない。
3. 大きな仕事と取り組め、小さな仕事はおのれを小さくする。
4. 難しい仕事を狙え、そしてこれを成し遂げるところに進歩がある。
5. 取り組んだら放すな、殺されても放すな、目的完遂までは……。
6. 周囲を引きずり回せ、引きずるのと引きずられるのとでは、永い間に天地のひらきができる。
7. 計画を持て、長期の計画を持っていれば、忍耐と工夫と、そして正しい努力と希望が生まれる。
8. 自信を持て、自信がないから君の仕事には、迫力も粘りも、そして厚味すらがない。
9. 頭は常に全回転、八方に気を配って、一分の隙もあってはならぬ、サービスとはそのようなものだ。
10. 摩擦を怖れるな、摩擦は進歩の母、積極の肥料だ、でないと君は卑屈未練になる。

半分は納得できても、半分は納得できない。「殺されても仕事を手放すな」と言っても
担当者たる自分が犬死にしてしまっては今までの積み重ねが水泡に帰してしまう。
やるからにはどんな結果になろうと取り組んでみればいいし、人の力を借りてでも
事後処理をすればいいとは思うけど。

周囲も楽しんでワイワイとやれればいうことなしだが、トラブルメイカーみたいな手合いに
引きずられて職場の士気がダダ下がりなら話が違ってくる。「おいテメェなにイキってんのよ」
ってキレる奴も出てきて当然。一人あたりの仕事量が増える上にマルチタスクとなれば、
集団圧力で干されることも起きるだろう。

計画と自信を持って仕事をしていくことは同意する。俺は障碍者雇用で言えば負け組
なのかもしれないが、それでも「頼むからやめないでくれ」と一度は慰留される人材には
育っていきたい。福祉の援護射撃も十分に受けられないなか悔し涙を呑んできたから。

摩擦ばかりを恐れても停止したまま。やれるもんならやってみろと言わんばかりに好戦的な
態度で摩擦を起こしてばかりいるのはもっと非難される。俺は基本的に相手の好き嫌いを
尊重する努力はしている。相手に嫌われてると感じたらネガティブな感情がどこかで出て
しまうんだけどね…。

結論を言えば、主に正社員に向けられた心得ではないかと思う。
非正規雇用が雇用の調整弁として紙おむつのように使い捨てられる現在では
黄金律になりえない。今後求められるのは、雇用形態を問わずはつらつと
働けるようなルール作りだと考えている。

あくまでも非正規雇用に甘んじてきた発達障害オヤジの戯言ですからね。

  • 5年後、俺は…。

まず国試に合格し2年間の研修期間を終えて、障碍者でもやればできるなと
戦力としてみなされる人材になりたい。

働いていて嫌なこともある。嫌な人もたくさんいる。
障害特性上、どうしても過去の屈辱や恥辱とリンクしてフラッシュバックが
起きてしまうわけで。それをなくすことは難しいけど、リスクを抑えたり
FBが起きた時の対処法は考えることはできる。確実な案が見つかるわけでも
ない。試行錯誤の末に見えてくるものかもしれない。

5年後、俺はアラフィフを迎える。その時に、俺を含む発達障碍者にとって
少しでも生きやすさが確保できるような枠組みができていればいい。
限りある時間とエネルギーの中で俺はどう過ごすべきかを考えなくては
いけない時期にきている。

前立腺肥大、緑内障…俺の身体は加齢でガタがきている。
発達障害が重なり生きづらくなる世の中でどう生きていくか。
泣きわめいて5年過ごすなら、泣いたりキレることがあったとしても
どこかにおもしろさを見つけて同じ期間を過ごしたい。

今は死ぬのはめちゃくちゃ怖い。だからこそ死に向かって緩やかに
歩き始めているという意識も持っている。

5年後の今頃も子供心を忘れずに津軽三味線や当事者活動を地道に
やっているでしょう。正直、ハートネットTVかバリバラには一度で
いいから出演してみたいと思っています。NHK大阪さんからオファー
が来たら、上司に土下座してでも休みとって参ります。俺は少なくとも
そのつもりです。

はてなブログ5周年ありがとうキャンペーンお題第2弾「5年後の自分へ」
http://blog.hatena.ne.jp/-/campaign/hatenablog-5th-anniversary

学歴って何なんかね

今もなお学歴コンプレックスで悩まされてるし、Fラン卒であることを恥じてしまうことは何回もあります。学績社会となった今で慶応卒らしい方がつぶやきではなやかなりし世界の暗部をチラリと見せてくれました。たかがツイートと思うかもしれないが、慶応広告研究会の解散に伴いミス慶応コンテストが廃止になったことで余計に説得力を帯びてくるわけで。

これについては、退学なんて甘っちょろいと思います。解散処分で済ますなら、役所がやる身内のションベン刑と何ら変わらんわけでして。元慶応のカタガキが使えないように除籍にするっていう処分は個人的に賛成です。慶応OBだから強く言えることであって、俺は個人的感想を述べてるだけなんだな。

次のツイートも痛烈な批判だよなぁと感じますね。

東大いける実力があるのに内部進学で済ませるのももったいない…って言っても個人の問題だし。実力が日東駒専どころかFランと言っても、慶應義塾大学の学生という身分は厳然たる事実なわけで。そのカードを使えるのは家が金持ちか、恐らく強運なんだろうね。憶測の域を出ませんが、社会的地位のある人に出会う機会に恵まれていろいろな知恵を身に着けたのかもしれません。例えば、コミュニケーション能力とか。

在学生にマスコミなどの志願者が多い体質も厳しく批判している。

まったくその通りだと思います。大企業が人を軽視するような運営をしている世の中なら、中小企業だと余計にひどくなるわけで。求人票の内容とムジュンしても開き直る。労働時間や仕事量の管理が甘すぎる事実を大声と筋肉で正当化する有様は法の裁きをうけるべき。あと、コテンパンに非難されてもおかしくない。

電通は報道界のダークマターですね。社員が自殺しても申し合わせたように報道しない。ツイッターのTLだと活発に流れてるのにおかしいよなって思います。ネットに先を越されてる時点でテレビはおもしろくないのは当然かもしれません。ネットを利用してこそのテレビ業界だろって感じますけど。

改めて、どもぼくさんのツイートで学歴について一考させられたのであります。慶應にも人身売買とも言える伝統があったんだなと落胆しました。フェミニスト界隈で慶応のいやらしい文化に切り込んでいく人がいたら感心しきりなんですが。

徐々に近づく1年の終わり

今の職場に入って11か月が過ぎました。自分の特性や周りとの兼ね合いを考えて働くのは、心身ともにきついものがあります。国家試験への対策もボチボチはじめましたので、覚える事項がたくさんあってしんどく感じたりします。

職場で一つだけ大きなことを学びました。時間や体力を大切にして進めるやり方です。まず気を付けるのは、作業工程の見直しです。やり方にこだわり過ぎたりして手間取ったりしていないかという視点に気づけることで、仕事への見方もだいぶ変わりました。自分の仕事量や処理速度における最大値は劇的に上がるわけでもないので、今の自分自身としてのベストをどう継続して出せるかを考えてやっています。

正直、自分のやり方にケチつけられると思うと嫌な気分にもなります。人がわかっていて自分には気付かない部分はあるからこそ、人の意見でやれそうなことから取り組んでいけたらいいなと思っています。

心身の調子については、どう振れ幅を小さくするかが今でも課題になっています。疲労度や天気にも影響を受け、衝動性や浪費、フラッシュバックが出てしまうので、そこを予測して対策を練っておく必要はあります。WRAPでやった基礎知識がここで活きてきたのかもしれません。

  • 学生時代初のバイト代

学生時代、夏休みが高校時代よりもはるかに長かったので、時計屋で期間限定のアルバイトをしていました。当時、景気は今ほど悪くなく、バイトの口は比較的簡単に見つけられた気はします。自分の発達障害に気づいていないためか、店員さんってカッコイーというイメージだけで職業を選んでいた記憶があります。まだ学生バイトということで少々大目に見てくれることもありましたが、接客技術以前にコミュニケーション能力の未熟さで大恥をかいたこともありました。積極奇異の上に会話のキャッチボールが成り立ってないということで、店長からお叱りをたびたび受けたわけで。

世間話の中で強烈に記憶に残っているのは、店長のお母様のことばです。

「力があるものは力をつかえ。知恵なきものは知恵をつかえ。
どちらもないものは死ね」

当時の自分は負けず嫌いが病的ゆえに、自分を苛め抜き定型に追いつけ追い越せといじましいくらいに報われない努力をしてきました。時がたつにつれて、この言葉にも違和感を感じ始めたし、障碍者としての自分に目を向けられてからは改めて違うと言える自信がついてきました。

1か月働いて8万円ほどもらいました。バイト最終日では挨拶をかわすだけで実にあっさりとしたものでした。自分にとっては学生時代にいい経験をさせてもらったと思います。人生初のバイト代は、エレキギターに使おうと決めました。

中高時代はダサくてミジメなもんだったので、学校祭でギター弾いて輝いてる奴らが憎くもうらやましくて仕方がありませんでした。そんな思いをくすぶらせていたので、俺は楽器店に早速向かいました。samickという無名ブランドのストラトキャスターをなぜかフェンダーの子会社だと誤解してしまい、Fenderのアンプ(在庫処分品)とセットで買いました。

ギターが約3万円、アンプが約4万円で、約7万円という大きな買い物となりました。残った金でギター教本を買い、独学でチマチマと弾いていました。就職してからはギターをかき鳴らす暇がほとんどなくなり、結局エレキギターは挫折し、中古ショップに二束三文で売る羽目になりました。

一時期その挫折経験が本当にみじめでなりませんでした。ある時、母に公民館教室の三味線を勧められ取り組んでみた所、自分でも驚くほど早く適応できました。プリング、ハンマリングなどの技術が三味線ではそのまま応用できたからです。俺以外の人間は地元の金持ちで、自前の三味線を買えず師匠の借り物ということにコンプレックスを感じていました。

現在は学び始めて3年目ですが、自分の金で津軽三味線一式を揃えたいと考えています。師匠が教える曲をすべてマスターできたら、完全に弾けるようになりたい曲があります。ZUNTATAのDADDY MULKです。これはニンジャウォリアーズというゲームのBGMですが、津軽三味線の真骨頂をここでも聴けます。中学時代に初めてこの曲を聴いて衝撃を受けました。

今は国試に向けて少しずつでも実力を身に着けようと「40の手習い」を始めているところ。動機は昇給のためと実に不純ですが、合格して落ち着いたら、じっくりと津軽三味線をやってみたいと考えています。


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喜びも ちうぐらいなり おらが秋

まずは北海道日本ハムファイターズのリーグ優勝にお祝い申し上げます。

おめでとうございます!

その時にフラッシュバックが起きてしまい、些細なことで家族に暴力を振るうところでした。せっかくのめでたいムードが想像上のゲス野郎どもにぶち壊されるとなると空しさと悲しさで胸がいっぱいになります。

確か、4年くらい前は日本シリーズジャイアンツと戦い、7戦目で多田野の危険球退場のジャッジが許せないと憤っていた記憶があります。それだけにジャムパイヤの多い東京ドーム開催をカープベイスターズに阻止してもらわねばなりません。俺がアンチ巨人なのはチビデブ小物ヤンキーと老害ナベツネのせいであります!(ナメクジ軍曹口調)

家族における病理

遺伝という観点では発達障害も遺伝しうるものだと思います。親父はいかにも発達障害未診断でかつ誤学習のまま生きてきた部分があるので、時代が変われば俺のように社会から排除されることもあるでしょう。怒鳴る上に否定上書き保存を平気でしたがる。おまけに家族を所有物と見なければ気が済まない部分があります。

そんな中でお袋は亭主関白に黙って従って生きてきました。他の女性なら間違いなく離婚かカサンドラ症候群などになって心身を蝕んでいくことでしょう。俺が生まれるずっと前に親父は離婚したようですが。

俺の子供時代は発達障害の早期発見・療育という概念はなく、落ちこぼれはそのまま排除しろというものでした。IQが高かったり勉強が抜きんでてる発達障害児は看過されて当たり前だったと思います。そのくせいじめられたら自己責任っていうからマジで始末に負えないなと文句を言いたくもなります。

従兄に関して言えば、俺の状況をお袋から聞いて「俺も発達障害かもしれないなぁ」とつぶやいたそうです。しかし、人間関係については常に衝突を繰り返し、気づいてみれば早稲田を出ても職場を転々とし資格もスキルも身につかないまま、運送補助のアルバイトをしているそうです。実家にいるから何とかなっているものの、親がいなくなったらどうするかと考えてしまいます。俺にも言えることですが。

従姉はよく勉強ができ一浪の末早稲田大学に進学しましたが、一人暮らしの時に自炊の仕方がわからなかったらしいです。食事の代わりにお菓子を食べていたことが引き金になって1型糖尿病にり患しました。叔父が糖尿病だったのが大きな原因だとお袋は言ってました。読み書きはできるとはいえ、呂律が回ってない状態なので、働こうとしても面接や試用期間で断られてばかりとのこと。糖尿病では障害年金の対象にはならず、病身に鞭打ってアルバイトをしていたと聞きました。

こんな状況下でも叔母は彼らの栄光が忘れられず、ツンケンしているような印象を受けます。明るくて話好きだった人も自分の都合で電話を掛けられては嫌な面が出てくるわけでね。本人はそれを隠しているつもりでも、わかる人にはわかるものです。自分では言うつもりはなかったのに、町内会の人にバカと言ってしまい、その後の関係が悪くなってしまったという話も聞きました。こういう人ほどメンツにこだわり、自分一人の力で生きていられると息巻いているのでしょうね。自分の娘がヒーヒー言ってるのに救急車呼ばなかったりするのもマジでおかしいんじゃないかって思いましたし。

今の時代では情報化社会になっているとはいえ、家族が意図的に遮断すると本当に福祉へのアクセスができなくなるんだなと実感しました。俺の場合、漫然とした生きにくさが実に堪えがたくて福祉界隈を彷徨っていました。その感情さえも親父に全否定された上に上書き保存されかけたこともあります。

親が子供を所有物として扱う行為が家族での病理なんだと俺は思います。

後出しジャンケンはなぜ起きる?

最近、資格試験の教材が届き、来年の試験に向けてチマチマと勉強を始めた次第です。上っ面の知識はクイズで身についたものですが、体系的に学んでいないのでかなり苦労しています。

今日はストレスが積み重なっていたのか浪費してしまいました。食べ歩きに遊び、専門書の購入など諭吉さんがまた一人旅立ちマジで妖怪のしわざだといいたくもなります(お

他人からパワーゲームでマウンティンされてしまうとフラッシュバックとなってメンタルがやられてしまいます。中でも一番嫌なのは「後出しジャンケン」です。今回はそれについて考えてみたいと思います。

わが身を振り返ると一番多かったのは、以下のことだと記憶しています。

    • タスク管理を含めたスケジューリングが出来ていない
    • 職場で決めたルールを簡単に破ってしまう。自分ルールを優先させる
    • 自分の感情むき出しで周りをコントロールしようとする
    • 自分にも普段のルーティンを確立した上で、可能な限り不測の事態に対応できる工夫がない
    • 他人は自分のワガママに付き合うほどヒマではないことを知らない。もしくは他人の時間は自分のものだと思っている。
    • 自分の立場が優位であることが当たり前だと思っている
    • 自分の仕事に対してのモニタリングを周囲を通じてしていない

など

ここまで批判的に書いてしまうと、自分もやっていたことだけに実に耳の痛いネタになります。

後出しジャンケンを減らすのは、他人への振る舞い一つではないでしょうか。
他人の主義主張を可能な限り尊重する。自分の思いを他人が汲み取りやすいような伝え方を身に着ける。自分と他人との距離感を見出す。以上のことを踏まえて、双方が納得できる形での解決を目指していければ後出しジャンケンは減らせていけるでしょう。どうしても後出しジャンケンをせざるを得ない時は、一旦詫びて事後処理を徹底的にやるしかないのかなと考えています。

核になるのはルールとタスク管理です。それらが決まってはじめて仕事をどう進めるかという話になると思います。あとは適宜、状況に応じて折衝してほしいものです。

  • 今日の戦利品

出題範囲として、漢方薬の効用なども含まれるので、一から勉強するのにわかりやすい教材を見つけることにしました。それを探していた時に、偶然アウトレットで安くなってたものもあり買ってしまいました。

漢方薬・生薬の教科書 (ビジュアル版 東洋医学)

漢方薬・生薬の教科書 (ビジュアル版 東洋医学)

絵や写真を加えて初心者にもわかるように、さまざまな工夫がされています。平易な文章で説明していることに加え、漢方の説明以外にもツボの図鑑を載せてあり体系的に学ぶことができます。

大人の科学マガジンシリーズでは、テルミンと三弦ギターに食指が動いていました。ポケットミクもほしかったので、気分転換にやれる趣味になればと思います。

皆さん買うなら今がねらい目ですよ。1000円そこそこでした。

障害を意識すること

今まで自分の発達障害に気づけず、早期療育もままならないどころか定型のモノサシでぶん殴られてきました。中でも一番言われて嫌だったのがこんなことばでした。

「あんたはどうしてこんなことができないんだ!」
「あんたってモノを探せないんだねぇ!」
「あんたはやりっぱなし!パナシなんだよ」

特に親から言われた時にはグサグサと突き刺さる感覚を抱きつつも自らを鈍磨させようとしていました。ある時、気づいたんですね。これじゃ一向に悪い状態のままだと。そのような気持ちを実感できたのは施設を出て就職するあたりだと思います。今回は自分が人間関係で気を付けている方法を紹介します。

  • 自分の困りごとだけはまず伝える

障碍者雇用で働くに当たり、発達凸凹ゆえにどんなことが働くうえで障害になるのかということを伝えることにしました。当時の自分は今よりも口下手すぎたので施設の就職担当者に同席してもらい、足りないところを説明してもらったわけです。感覚過敏、過集中、誤解・誤認…等々ありますが、自己PRよりも障害特性の説明で難儀したと感じています。

指示については優先順位がはっきりと決まっていても、一番辛いのは複数のタスクを一度に振られる時です。周囲にも2つまではやれるということは伝えてあります。たまに歯がゆい時もありますが、できる範囲内で自分の義務を果たす意識で取り組んでいます。仕事量が多いと切なくなることもあるわけで。

過集中になるとその反動で家ではダラダラすごしがちで、身ぎれいにしたり部屋掃除すらままならなくなったりします。ただ言うだけではなく、コイツなりにやってんだなと言われるくらいのことはしておいた方がいいと考えています。

  • 自分の気持ちを言葉に出す練習をする

俺は広汎性発達障害でも厄介な受身型で、ついつい周りに合わせてしまうし、読めもしない空気を読んで必死に取り繕ってしまいます。その一方で自分の嫌な気持ちに蓋をしても、火山の大噴火のごとく爆発して周りに迷惑をかけてきました。人から嫌われたくないと思うあまり、アンビバレンツを無視していたかもしれません。今では誰かに拒絶されても、自分のファンを大切にしようという考え方になってきました。

自分の気持ちの伝え方が少しずつ身についたと感じるにつれ、人間関係に対して気楽に取り組めるようになりました。公私によって表現の仕方は違ってきますが、まだまだ改善の余地はあります。かなしろ先生の本でも「人間関係は座学では学べないという気がする」と言っていた当事者がいました。彼のいうこともまた一理あるんじゃないでしょうか。

人がこちらに対する好き嫌いを認め、さらに自分が抱くそれらも認めることで、割と冷静に自分の気持ちを伝えられるようになりました。

  • 自分の傾向と対策を知っておく

自分自身について、可能な限りどんな特性があるか知っておきましょう。俺なら以下のことばで象徴されます。

「お調子者」「絹ごし豆腐メンタル」「むっつりスケベ」「凝り性」「タンパラ野郎」「顔に出やすい」「甘党」など。

例えば、メンタルの弱さに対して取り組むなら、それを認めた上で何かできないかと考えます。一番助けられた考え方は「これは誰の問題だ?」というものです。俺がAさんに挨拶したらぶっきらぼうな態度を取られたとしても、人間失格にはなりえません。Aさんが不機嫌な状態は自分の問題です。こちらにできることは、挨拶を含めた職務上最低限のコミュニケーションをとれるようにしておくことです。ただし、メンタルが弱いからできないと自分を貶めるのではなく、メンタルが弱くてもどうやれば対処できるかを考えましょう。

一番の薬は自分の失敗経験。一時は心がチクチクしても、どこかで活きるときは出てきます。失敗を笑って話せる人はやっぱり強いなと俺も思います。