二元論を乗り越えて
自分らに出来ることはまず何か?
勝ち負けを意識しないことかもしれない。
自分も自意識の塊のような人間なので、人に何か言われるとじゅくじゅくと
気にしてしまうきらいがある。
人生はトーナメント戦というたとえもあるが、総合力の問われるリーグ戦に
たとえると少し気も楽かもしれない。(人によって違うので、それぞれあった
考え方で生きて欲しいと思う)
確かに勝ち負けの二元論は分かりやすい。
面接受けする人間をみんな演じなければならないというのも自分自身違和感を
感じることすらある。メンタツなどのハウツー物が飛ぶように売れる光景を
見るにつけ悲しくなる。
一流大学か否か、美男美女か否か、スキルありか否か、職歴なしか否か…等々
という二元論で区切るのは、合理的で迅速に採用活動を行えるからと思う。
企業体力の不足もあるだろうが、人件費を掛けずにいい人材を発掘したいという
願いは確かに切実といえる。
その結果、追い詰められた派遣社員による惨劇が引き起こされてしまい、日本の
繁栄に隠された闇が炙り出された。
残るのは、ずる賢く要領のいい奴で、マジメでも成果の出せない奴は排除されて
しまう。これも経済のグローバル化が生み出した罪である。
いびつな成果主義だけが残り、上司の機嫌を損なわない奴だけが居残る。
言ってみれば、勝ち負けというのは時間軸で見れば一瞬の出来事に過ぎないのに、
マスコミや政府は血眼になって煽り立てているような気がする。
俺たちからしてみれば、はた迷惑もいいところである。