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Issueおじちゃんの新・ダメおやじ日記

自分の発達障害や日頃考えていることを綴って行きます。

当事者の目からもっと就労支援を考える

地域格差によって、事業所ごとにその影響をうけてしまうのは先にも述べました。北海道であれば札幌市などのように人口が多い場所にある事業所なら、企業へのパイプも確保しやすいし、それに伴って就労支援のノウハウもついてくるところもあります。

しかし、人口も10万以下で、自治体側も障碍者の就労支援に消極的だと、企業へのパイプはおろか、ノウハウも蓄積できずに、施設と職員のレベルアップができないままになってしまいます。

今通所中の施設も、4月施行の優先調達法に合わせて印刷事業に着手予定ですが、現時点での職員の数などを考えると、負担はさらに倍増するのではないかと思います。

印刷の受注が入ることで、受注先を起点とした求人開拓を行えると言う利点もあるでしょう。たとえ新しい機械を入れても、職員がまず使い方を勉強し、それに慣れるための時間が必要です。さらに、作業を振る利用者にも慣れてもらわないといけません。平成24年度末にまた一つ大きなヤマが出来たのは間違いありません。

このような現状では、一番しわ寄せが毎度来るのは現場です。支援者のみならず、当事者にももちろんきます。行政はいつもこの視点を置き去りにされてきました。経済浮揚も大事ですが、障害者の就労支援についても、政府にも考えていただきたいところです。

障害者には年金をやっていればいいというのは昔の考え方です。それは実に姑息的だし、納税者にバラマキと批判されても当然です。年金も支給の仕方次第であって、もし障害者雇用で働いてもずっと非正規雇用で自立できないのであれば、最低等級のものであっても支給していいのではないかと思います。給料が上がってそれなりの収入が得られたら、支給をやめればいいんです。

とりわけ発達障碍者の場合、認知され始めた障害だけに、企業も目に見えにくい障害として受け入れを敬遠しています。そんな現状がまだあるのに、働いて税金を納めなさいでは無理があります。「どうすれば能力を発揮できるのか」「どんな仕事を振ればこなしてくれるか」などがわかれば、たいてい解決するのではないでしょうか。

発達障碍者も職場に定着し継続して働けるようになれば、税金を納めてくれるもんです。それでも税金を滞納したり、脱税をする奴がいれば、税務署やマルサなどにでも頼んでガサイレすればいいんですよ。(マルサだと取締る対象がデカいかもしれませんが)

かなしろにゃんこ。さんの「発達障害 うちの子、将来どーなるのっ!?」に登場した特例子会社の人事担当者の方も「働いて税金を納めるようになってほしい」と願っていますし、働く気のある発達障碍者もその根っこは同じだと思います。というよりは、どの障碍者も働く気があれば、自立し税金を納めることで社会参加したいと思うようになるのは当然でしょうね。

対人サービスでものを言うのは「人間力」

俺は発達障害を抱えながら対人サービス業に勤めたことがありましたが、最後にものを言うのは「人間力」なんだなとつくづく思い知らされました。自分がいう人間力とは、相手を思いやったり、気配りできる力などのことです。もちろん、人間的魅力も含みます。

仕事のできる人が、すべて魅力ある人とは限りません。中には、いい年こいて会社内で徒党を組んだり、弱い者いじめをしてのさばっているような輩もいます。外見は慕われているように見えますが、内情をバラせば力に引かれて金魚のフンよろしく、ついて行っているにすぎません。

リーダーは良くも悪くもワンマンなのは当然でしょうが、対人サービスで不遜な態度をとるようなことがあれば、絶対に部下の見本になりません。

確かに、嫌な面が目立つ人が多かったわけですが、共通して言えることはまずハキハキとした応対をし、その上で自分なりの味付けをしていくものかなと思います。

ハローワークの問題職員などにしても、欠けているのは「人間力」です。さらに厳しく言えば、相手に対する「想像力」が著しく低いのです。例えば、こう言えば相手が傷つく、こう振る舞えば相手が不愉快になるということを想像する力が弱いと言わざるを得ません。これは、俺の抱える「想像力の障害」にも通ずるところはあります。自戒せねば…orz

世間一般の常識でもわかるだろうと言いたくもなるかもしれませんが、「人間力」が低い人であれば、その常識にまで意識はまわらないと思います。「常識=自分の意識」と考えているのであれば、世間のことを持ち出すまでもなく、ご自分でご理解くださいませと自分は言うしかありません。部下や後輩でそんな状態なら、「よーく考えろ」と言って突き放します。

対人サービスで、少しでも見返りを期待して相手に何かするとその気持ちは相手に伝わります。今回、サービスを受ける側になってみて、初めて理解しました。今まで理解できずにいたなんて、俺は実に恥ずかしい奴だと情けなくなりました。

少しでも見返りを期待して相手に対して行動すると、結局「おためごかし」になってしまうんですね。よく熱血教師とかが言うでしょ。「俺はなぁ、お前のためを思ってだなぁ…」って奴ですよ。本当に相手のためを思うのなら、見返りへの期待はおくびにも出さないどころか、そんなの絶対ににおわせません。憎まれてもいいから、自分で相手に行動するものです。

訓練と教育に共通すること

教育と言えば、主に学校で受けるものかもしれませんが、訓練と言うものは、皆さんだと自衛隊やハローワークでやるもんじゃないかと想像すると思います。

それらに共通することは、組織が構成員に対して、一連のプログラムを通じて、何らかの方向性に向かって変えていくということです。学校で教師が怠学している生徒を変えることですし、就労支援の施設では職員が利用者を社会復帰へ導いていくことです。

人を変えることには、リスクを伴います。俺の場合、怒りっぽい特性が出ないようにした場合、今度は我慢しすぎて、爪噛みなどの別な行動で弊害がでるということもあります。

対人サービスで人間力が必要だと言ったのは、そういう理由もあるからです。人を変えることは、今までの相手の歴史を否定することにもつながります。否定するのではなく、それを大事にしつつ、変えられる部分をお互いに見つけ、変えていくことの大切さを知って頂きたいと思います。

無理やり相手を変えたとしても、自分が満足する一方で、相手には「屈服させられた」という感情だけが残ります。変わるのは表面上であって、根本は絶対にかわっちゃいません。

相手の言うとおりにやればいいやという甘えと、ドッチラケムードだけが漂ってしまい、アパシーになるのは間違いないでしょう。当たり前ですよ、何らかの力を使って相手を変えるのは「外的コントロール」に他なりませんから。

特に、対人サービスで就労支援に携わる人であれば、人を変えることの大きさに気づいた上で、言動も注意して頂きたいと思います。ことばもはさみと一緒です。扱い方を間違えれば、大変なことになります。Wエンジンのチャンカワイじゃないですが、「気を付けなはれや!」ですよ(おい