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Issueおじちゃんの新・ダメおやじ日記

自分の発達障害や日頃考えていることを綴って行きます。

困ってしまうこと

俺は発達障害ゆえに、複数の作業を同時進行でやるのが苦手です。話しながらパソコン作業と言うのをやろうとすると、結局どちらかが疎かになってしまいます。

その特性を知ってか知らずか、利用者の中に、自分がパソコン作業をしていると、一方的に延々と自分の話をしてくる人がいます。調子が乗らずにいて気分転換したい時にはそれもいいですが、調子が乗っている時になるとさすがに辟易します。

俺のパソコン作業がいい調子で進んでいる時に、ある人に延々と自分の話をされて作業の手が止まることが何度もありましたので、本当に今回いい加減にしてほしいと思いました。

一方的に自分の話をされるということは、相手によっては「自分の時間を拘束されている」と思ってしまうわけです。自分がどんなに他意はないと思っていても、相手にそう取られても仕方ありません。TPOを弁えないで、そんなことをしているのであれば、尚更弁解の余地はないでしょう。

会社で上司や先輩、同僚から話があるのなら、作業の手を止めてということもあるかもしれませんが、少なくとも、あまり長くならないように、簡潔にまとめた連絡を心がけている人は多いですね。自分もあまり報告などが長いと、上司や先輩に怒られたものです。

就労を意識する場で、先般説明したような行為が迷惑になる人もいるということを理解できなければ、会社での勤務は難しいと思います。養護学校の学生寮や施設での集団生活の経験がどんなに豊富であっても、本人の「時間」への気づきがなければ、同じことの繰り返しです。

自分も相手の態度に応じて振る舞うことは苦手ですが、できる限りこちらが話を振った時に相手の態度を見て、話題を変えたり、話を切り上げたりしています。確かにこれだけでは不十分ですが、いたずらに相手を傷つけてしまうことは減らせると思います。

施設と言う名の「やどりぎ」

俺としては、就労や生活支援のための施設は、利用者にとって「やどりぎ」であってほしいと願っています。生活支援の施設で、緊張感はほとんどなしで和気あいあいとやるのもいいけれども、就労支援の施設でそればかりでは困ります。(施設の支援内容にもよりますが)

就労移行支援事業所のように限られた期間で、人材育成や就職へのフォローを行うのであれば、盤石な計画と緻密な行動に裏打ちされていないと、ただいたずらに最大期限の3年間を過ごしてしまいます。さらにモラトリアム*1を伸ばすために、就労継続支援A型・B型に移ってしまうわけですよ。正確に言えば、就職活動のために移らざるを得ないということです。

訓練生も、国の給付金や施設からの工賃をもらっていることを除けば、単なる無職です。誰でもお金がないと生活できませんから、工賃なり賃金を稼がないと、就職活動すらできなくなるわけです。これでは、社会復帰もできないまま、片隅でくすぶることを促進しているように思います。

さらに焦って、不十分なマッチング等を経て就職してしまい、ブラック企業などにうっかり入社して、能力が発揮できずに短期間で退職になってしまうのでは、正に本末転倒*2もいいところです。

緩やかな期間での通所やマッチング等を経て、さらに企業実習の選択肢を充実させて行った方が、より就職にはつながると思います。たとえ、就労して失敗しても施設に戻ってやり直せる体制作りも不十分だから、就労に二の足を踏んでしまってそのまま期間満了という事態が多いのではないでしょうか?(北海道は発達障害の就労支援に置いてはまだ恵まれているといいますが、いかんせん求人が乏しいです)

現在の制度下の施設は「保育器」と言っても過言ではありません。大きな器の中にいれば、自分の好きなようにやれる。自分が王子様・王女様で居られるわけです。

「やどりぎ」だと、雨や風は吹きつけるかもしれませんが、自然(世の中)の厳しさを体感しつつ、いつでも広い世界に羽ばたいていけます。

My Little Loverの「Hello Again~昔からある場所~」の一節(2番)にも、あるじゃありませんか。

自分の限界がどこまでかを知るために
僕は生きてる訳じゃない

だけど新しい扉を開け海に出れば
波の彼方にちゃんと「果て」を感じられる

僕はこの手伸ばして 空に進み 風を受けて
生きて行こう どこかでまためぐるよ 遠い昔からある場所
夜の間でさえ 季節は変わって行く

この歌詞にあるような葛藤や希望を抱く障害者は、いるのではないかと俺は率直に思います。施設で自分の障害の受容に悩み苦しみながらも、さらに就労という名の可能性に賭けていきたいという思いがあってこそ、理由は違えどみんな施設にきているのではないでしょうか。

障害者を支援する施設が「やどりぎ」であってほしいと言った理由には、勇気を出して社会に出て、そこで挑戦して失敗しても戻ってやり直せる場所が必要だという思いがありました。例え、失敗しても何か得たものがあれば、きっと違った成長もあるでしょう。

「パンク即廃車」ではなく、「パンク修理アンドレッツゴー!」と笑って言い合える世の中になればなぁとしみじみ思います。

リフレーミングの重要性

2012年にある女子高生が「ネガポ辞典」なるものを発明したそうですが、元になっているものはリフレーミングという概念です。発明は必要の母と言うことばもあるくらいですから、恐らく学校や家庭で言われて嫌になったことばの言い換えをしている内に思いついたのでしょう。

自分の例で言えば、「クソマジメ」という性格なら、「自分の軸をしっかりと持っている」というところでしょうか?実際は、かなりへこみやすいし、人の意見に不安になりやすいです。あくまでも、目安ですので、依存しないように気を付けないといけませんね。

先日、施設長から「これができなければパートで探していくしかないね」と言われ、本当に落ち込んでいました。ある職員さんにこの出来事を話すと、ひとしきり話を聞くと、1枚のメモ用紙と筆記用具を取り出して、やおら何か書いて、俺に見せてくれました。

「これは僕が前職で学んだ進捗表というものです。例えば、ABCDの4つの仕事があったら、時間帯を決めて区切って、仕事を進めていきます。こうやればIssueさんもできませんか?」

頭の中ではおぼろげながら見えてはいたが、構造化できなかった思考を、職員さんに模型として見せてもらった思いです。視覚化されると理解が進みやすい特性を理解してもらえたのもうれしいです。

これはリフレーミングの応用だと気づかされて、目からうろこが落ちました。

「これができないからダメ」ではなく、「このようにやればできますか?」と言われた方が、自分としてはすごくうれしいです。今までの施設長の対応の多くは、前者でした。

「(感情の)爆発があるからダメ」「あなたを怖がる人がいるからダメ」…などなど。確かにそういわざるを得ない背景を俺が作ってしまったのも認めます。

「~だからダメ」と言う以外の方法を考えて実行しても、万策尽きましたというのであれば、俺もわかります。面倒事を忌避するためだけに、姑息的に言うのであれば非常に不愉快です。

女子高生がリフレーミングを使っているのだから、大人がそうせずに人を批判するだけに終わっているのでは、陰で失笑されてもおかしくないと思います。これは自分にも当てはまるな…くわばらくわばら。

*1:中には本当に就職したくないという理由で、施設通いだけをしている人もいるでしょうが

*2:よく某専門職が使う四字熟語をあえて使ってみました(棒読み)