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Issueおじちゃんの新・ダメおやじ日記

自分の発達障害や日頃考えていることを綴って行きます。

さっきはどうしちゃったんだ?

さっきブログを更新しようとしたら、はてブロの管理画面からじゃないと書けなくなっててどうしたんだと目を疑ったんですよね。おまけにマイブログから編集画面に行こうとするとき、読み込み中になっていたから、余計にイラっときました。

今回、何とか解決したみたいなので、よかったです。今度起きた場合は、一旦ブラウザを切ってから始めるなどするしかないみたいですね。正直、はてブロの動作の不安定さは異常じゃないでしょうか。

集団の力学での自分

どんな集団に入っても、人間の好き嫌いは真っ二つに分かれると思います。集団のボスがいくら公平無私にふるまったとしても、「この人がいい」「こいつとは口も利きたくない、生理的に無理」となると思います。

好き嫌いは出さなくても、それなりにふるまっていくのが大人と言われていますが、実際好き嫌いになってしまうわけです。その証拠に、情実人事や派閥の力学がまかり通ってしまいます。

一般企業でもあるのだから、障害者のコミュニティなら尚更ありますよ。ヌシ的利用者がデカい態度を取って、新しい利用者を来にくくしたりするのは、よくあることです。やられた方としては、疎外感で苛まれるだけではなく、自責念慮に陥ってしまうことだって本当にあります。

やる側は「俺(私)のテリトリーに侵害するな!」とでも思ってしまうのでしょう。確かに、そうやっていれば居心地がいいに決まっています。しかし、それは極めて閉鎖的な空間での人間関係しかできません。先ほど説明したような、派閥の力学が生じてしまうのですよ。

自分の軸が定まらない人は、それに屈して去っていくか、隷属するかしてしまいます。そんな時こそ、職員がなるべく声掛けをしていくのも大切です。もちろん、人間関係づくりのアドバイスをするのも忘れてはいけません。

大海に一滴という心理で、日々作業に取り組んでいる利用者なら、尚更「いくらやっても報われない」という徒労感で潰されることだってあるでしょう。有資格者が、ケアプランを立てるのなら、本人に丸投げするのではなく、本人の納得のいくアプローチをした上で御膳立てしていくのが筋だと思います。

不平等は生じても致し方ありませんが、実践的なコミュニケーション訓練や企業実習も出来ないまま、ただパソコン実習に縛り付けておくと言うのでは、プランを本人に丸投げしている証拠ではないでしょうか。

その上、表面上の状況だけを見て「求人のえり好みが激しい」「大企業ばかり受けている」と言われては、やる気を削ぐだけで何も変わりません。結局、面従腹背の姿勢で奥歯に刀という心理になりながら、神経をすり減らす状況になるのではないでしょうか。

障害者求人の状況を見れば、現状がよくわかります。求人の選択肢だって少ない上に、多いのは大企業の特例子会社という状態なのに、通り一遍のことを言われては「この人はハロワの問題職員と一緒だろ!」と非難されても文句は言えません。

こんな有様では「施設長に好かれないと就職が遠ざかる」「Aさんと会話が続かないから、俺は嫌われてんだ」などという変な心理が働いてしまいます。俺としては、それは間違っていると思います。

本来の目的は、人との関わり合いで、自分がどう人と間合いを取っていくかなどを学ぶところなのに、自分のイエスマンばかり集めて就職させるというのは考え物です。障害者の人生に関わる場所にいる専門職が、自分の感情で支援の多寡を決めるのは本末転倒ですよ。

腹も立つことはもちろんあるかもしれないけれど、だからと言って「コイツだめだ!」と否定してしまっては、その障碍者が犯罪者になって虞犯囚としてやがて死刑になることもあるかもしれない。そのような想像がどうして働かないのかなと不思議にもなります。

例えば、もっている障害が自傷他害が長引くほどひどくて、閉鎖病棟行きですよというものであれば、強制的に退所はありかもしれません。そうでもなければ、まだまだやりようはあるはずなのに、「めんどくさい」という理由でぶった切ってしまう態度が見えてしまっているわけですよ。自分も人のことは言えませんので、「人のふり見てわがふり直せ」という言葉を肝に銘じて、時には自分を見直すしかありません。

今回は、自分がやられて一番嫌だった「派閥の力学」について述べてみました。