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Issueおじちゃんの新・ダメおやじ日記

自分の発達障害や日頃考えていることを綴って行きます。

ホーム開幕戦はほろ苦いスタートだが…

昨夜、ファイターズのホーム開幕戦(対ソフトバンクホークス戦)に行ってきました。大谷のホーム一軍デビュー見たさでファイターズファンがいつもより多く来ていました。さだまさしと「北の国から」熱唱というイベントもありましたので、それ目当てのお客さんも、もちろんいたでしょう。

武田勝の戦線離脱、吉川光夫のスライド登板等もあって、中村勝が開幕投手となりました。初回に1点を入れられるも、中田翔のタイムリーで同点にできた時には、まだ大丈夫と思ったんですけどねー。ホークスの松田に3ランを打たれて一気に逆転されてしまってから、空気がガラッと変わってしまいました。森福、ファルケンボーグの必勝リレーが発動すると、ぐうの音も出なくなった印象でした。

さすがに最後まで見ようかと思いましたが、敗色濃厚だったので、9回裏の2アウトまで見て席を立ちました。ドームを出た直後に、千歳方面の直通バス停への道を間違えて、引き返して猛ダッシュしました。何とか間に合いましたが、途中から息が切れ始め、着いた頃には警備員のおじさんに苦笑される有様でした。

前は往復の交通費が2000円ほどでしたが、手帳の使える交通機関が増えたので、その半額程度で行けるようになりました。直通バスについては、試合終了後おおむね15分程度に到着という縛りがありますが、それでもお金のことを考えるとだいぶ経済的だなぁと思います。本当にありがたいとバス会社さんには感謝しきりです。

JRの福祉割引に物申す!

JRに関して言えば、福祉割引は療育手帳と身体障害者手帳の所持者に限られるので、そこで不平等を感じます。精神障碍者手帳の所持者の交通権はどうなるかということを、JRの皆様にご一考頂きたいものです。とりわけ発達障碍者は、見えにくい上に理解されにくい障害です。働きたくても働けないというジレンマを背負っているにも関わらず、福祉を利用するための交通権の扱いは健常者と同じというのであれば、俺は違うと考えています。

健常者並みに所得を得て税金を納めている発達障碍者ならまだしも、なかなか実力を発揮できずにいて生活も制限されるために、福祉の力を必要とする発達障碍者なら、福祉割引適用をしてもいいのではないでしょうか?

発達障害が薄紙をはがすようにケロリと治るような代物であれば、ほとんどの人はとっくに障害者手帳を自治体に返上していると思います。もっとも、そんな状態にもかかわらず、障害を擬態して福祉にすがりつく輩は非難されて然るべきですが。

時代は変わるものですから、それに合わせて柔軟に対応できる体制を確立していただきたいと思います。

障害も認識しなければ障害ではない

この前、週刊現代の記事を見ると、医学博士の吉田たかよし氏はこのようにコメントしていました。

「僕のクリニックにも発達障害で悩む受験生は来ます。彼らには東大を受験するように勧めています」

確かに、記事で読む限りですが、東大の入り口から出口までを考えると、発達障碍者がやりやすそうな環境なんだなと思いました。膨大なインプットとアウトプットの効率化を楽にできる人間が東大に入り、卒業していくんでしょうね。

東大の教授陣にも、発達障害と思しき人間がいるそうで、それは学生にも見抜かれていると聞きます。しかも、その教授は発達障害だったとしても、社会的地位もあってそれに見合うだけ稼げていますし、認識のしようもないわけです。教授も発達障害ですから、学生が発達障害を抱えていても、ひとたび教授らと波長が合えば、本当に居心地のいい空間かもしれません。

発達障害と診断されている人でも、自分の障害を認識できていない人がいます。ゆえに、自分のペースばかり貫いて周囲に迷惑を掛けてもどこ吹く風という有様です。おまけに、自分の障害の理解や配慮を周囲に押し付けている気さえします。さすがに、これでは本人は障害がないと思っているのではないかと誤解されてしまいます。

彼と似たような人は、学生時代にもいました。彼らに共通するのは、自分でも意識していない発達障碍の可能性です。もっとも、発達障碍者の俺が言っても説得力はないかもしれませんが。

いつも能面みたいな表情で、マイペース。それでいてこだわりが強いのか、今で言う「ぼっち」の状態にいつもありました。講義で見かけても、友達と談笑する場面は見たことがありません。小耳に挟みましたが、法律学の人気教授が授業で特定の新聞社の批判をしていた時に、その人は先生に向かって鉛筆をへし折って教壇へぶん投げたそうです。もう一人は、マシンガントークの奴でした。人が困惑するのもお構いなしに矢継ぎ早に話しているわけです。

当時1990年代でしたが、この時代に発達障害への理解と支援体制が整っていたら、もう少しマシになっていた気がします。整っていなかったのは、自分でも障害を認識できていた障害者が少なかったからかもしれません。

今後、障害者に求められるのは「当事者意識」だと思います。最近、お世話になっているワーカーさんに「ずいぶんと他人事ですね」と指摘を受けたので、その意識を忘れずに保っていきたいですね。