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Issueおじちゃんの新・ダメおやじ日記

自分の発達障害や日頃考えていることを綴って行きます。

今日は晴れたり曇ったりわけわからない天気

昨日は霧雨がそぼ降る中、どんよりした雲が空を覆っていて、気分も何だか晴れませんでした。今朝もくもりのままになるかと思いましたが、幸い太陽も出てきて、気分が少しずつ晴れてきました。

自分は雨など天候が悪くなると、気分が落ち込みやすくなる傾向で、そこで心身のバランスを崩してしまうこともあります。今までそんなことは露ほどにも思っていませんでしたが…。

発達障碍者のコミュニケーションを考える(アスペルガー症候群編)

かなり前ですが、アスペルガー症候群の当事者に今以上に振り回されていた時期があり、「アスペルガー コミュニケーション」で検索していたら、九州大学のある論文にたどり着きました。題名は「アスペルガー障害成人の会話におけるコミュニケーション特徴 ――事例の会話分析から――」というものです。興味のある方は下の文字をクリックしてみて下さい(リンク先に飛びます)

総評としては、広汎性発達障害当事者を含めたコミュニケーションの特徴を紹介していましたが、定型発達者と発達障碍者のコミュニケーションにおける特徴の対比が特に参考になりました。これをベースにして、発達障碍者のコミュニケーションへの処方箋なるものを書籍で出してもらえるとうれしいなと思います。

アスペルガー当事者Aさんと筆者Bさんによる会話から、「テーマ転換」の場面における2つを紹介していました。自分の傾向とかぶる部分もありましたので、特に興味深かったと思います。まずはテーマを「ジャイアン」にしたものから引用します。

A「また、んーと、ジャイアン、という言葉を、ジャイアン本名、剛田猛。」
B「あー、そうなんですか。はじめて知りました」
A「ジャイアンと言うことばは、ジャイ、インドのジャイナ教と間違われやすい。」
B「ジャイナ教?」

筆者の方は、Aさんに極力話をさせる態度ができますが、逆にAさんはそれが苦手です。テーマが決まっていれば話しやすいのでしょうが、世間話のような会話になってくると厳しい気はします。むしろ、この引用例のようになってしまいがちです。例え、ミスコミュニケーションになっても、Bさんのように理解しようとしてくれる人ならいいですが、他の人ならそこで会話が途切れてしまいます。
あと、「ジャイナ」といわず、「ジャイ」と単語を途中で切ってしまっていることも、アスペルガー当事者の特徴であると説明しています。

次は、テーマを「オセアニア」にしたものを引用します。

A「で、オーストラリアに渡ると、カンガルーとか、コアラなんて動物がいますね。コアラというとロッテのコアラのマーチがあります。それは善意を尽くしているように、コアラ基金まで設けてる。」
B「あー、ロッテがですか。ふーん。」
A「それに、運送会社の、カンガルー製の、カンガルーの」
B「あ、カンガルー便とか。」
A「キャ、キャラクターがある。あれは、もともと日本の動物じゃないのに、オーストラリアの動物まで、シンボルマークにしてる。」
B「あ、日本のじゃないのに、変に思ってるってことですか?」
A「佐川急便、うん、佐川急便の話になりますが、あの、飛脚と、佐川急便のマスコットの、後ろを触ると、何か、運のいいことが起こる。」

お気づきになった人もしれませんが、Aさんの会話では、全体的に文節の置き方が細かすぎたり、テーマの変更が唐突だったりしませんか?言葉の音韻でテーマが変わっている場合もありますが、先に話していたテーマから脱線する形で話している部分もあります。

アスペルガー当事者に限らず、コミュニケーションを苦手とする当事者(もちろん自分も含めて)はこの傾向を知っておく必要はあります。彼らがドッジボールのようなコミュニケーションに陥りやすいことは当然あり得ることだし、将来働いて自立の道をたどるのであれば、その問題をどう克服することが肝ではないでしょうか?

就職活動はもちろん、内定を得て職場で働くようになっても、コミュニケーションの練習には終わりはありません。当事者のドッジボール・コミュニケーションを発達障害のせいにして、本人が改善しようとしないのであれば、周りからは「ジコチュー野郎」と誤解されてしまうでしょう。たいていは「自分ルール≠職場ルール」になってしまうことを理解した方がいい。

ドッジボール・コミュニケーションも受け手がいなければ成立しません。ただの独演会です。相手に話を聴いてもらうためには、それなりの工夫は必要だと思います。自分の話し方や声の大きさなどを相手によって変えたり、相手にも考えて答える余裕を与えるために間を置くなど、そういった行為をしないで話を聴いてもらおうと言うのはずいぶんと虫が良すぎるのではないでしょうか?それでも傾聴してくれるのは、僧侶、牧師、シスターをはじめ、カウンセラーや精神保健福祉士くらいですよ。