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Issueおじちゃんの新・ダメおやじ日記

自分の発達障害や日頃考えていることを綴って行きます。

日本文化と精神医学の狭間のユーウツ

佐藤直樹氏の「世間の目」で、東北の某県で行われた「アガスケ」狩り?の指摘を紹介しましたが、今回は「ブラック・ジャック・ザ・カルテ」より、精神科医の襟草禎一氏による「ブラック・ジャックへの「反」オマージュ」というコラムを紹介したいと思います。

ブラック・ジャックが患者に怒鳴ったり法外な報酬を要求するのは、外科医だから許されると触れています。確かに、精神科医でそんな医者がいたら、ナントカ教の教祖のような話術などを持った人を想像してしまいますね。

外科医と精神科医の扱われ方が違うことにも言及しており、本人も周囲から皮肉を言われるなどしたことから、国立病院勤務の頃は、職業を聞かれると「公務員です」とごまかしていたそうです。報酬の多寡にしても、当然外科医が多い上に、患者から気付*1としてウィスキーをもらうなど、精神科医との格差はあったことがわかります。大学の医局時代にも、外科に行けばウィスキーがたくさんあり、そこの研修医や医師に頼んで分けてもらったこともあると書いています。

感謝のされ方の違いを述べた文言で、いかに日本人が精神科医を蔑にしてきたかが見て取れます。

感謝のされ方も違う。何かの手術をしてもらえば、たとえその病気が治ってなくても少なくとも何かしてもらったと言う気になるはずである。患者さんを退院させるとき「何で退院させるんだ」と家族に文句を言われるのは精神科くらいだ。ある思春期の患者さんを入院させてずいぶん一生懸命治療をして退院までこぎつけたとき、それまでは自分の意思を表現できずに悩んでいたその娘がかなり自己主張できるようになってよかった、とスタッフ一同で送り出した。そしたら両親は「入院させたら子供が生意気になった」と文句を言って帰って行った。

この引用部分からわかるのは、次のような事です。時代背景はまだまだ日本では障害者への排除が異常すぎた時期であり、精神疾患と言えば世間からも白眼視されるほどのキツイ状態。さらに、世間の力学がいびつに働いていたというのも見て取れるわけです。

そんな有様なら、その娘さんは生意気呼ばわりされるし、発達障碍者は奇人変人どころか、劣等人種呼ばわりされたあげく排除でしょうね。前の施設長もこのような凄惨な現実を見てきているはずなのに、職権乱用してイエスマンばかりつけてしまう。精神医学ばかりか、障害者福祉までいつの間に貧弱になってしまったのかと嘆きたくもなります。

結局は、自己主張をヨシとしない日本文化の力学が働いているのかもしれません。まったく自己主張をしないのは悪いが、相手に構わずタカ派よろしく自己主張する奴はもっと悪い。文句と自己主張は全く違います。前者は自分の不満ばかり相手にぶちまける事で、後者は相手のことも忖度しつつ、自分を主語にして気持ちを伝える事だと考えています。

過保護と過干渉の違い

佐々木正美先生の書籍紹介からだったと思いますが、過保護と過干渉の違いは何ですかと聞かれて、著者はこう答えました。

「過保護とは子供が望むことを親がそれ以上に与えることで、過干渉とは子供が望まないことをそれいじょうに与えることです」

自分の積年の疑問を解決してくれる一言に、これだと心で叫んでしまったのは言うまでもありません。自分の39年間を振り返れば、社会から見れば「欠陥商品」であることには変わりないゆえに、過保護・過干渉を受けてきました。むしろ、過干渉が多かった気がします。

親が期待してくれるのはありがたいが、怒りの裏には必ず期待があるから、それを裏切った時に頭ごなしにガーガー言われるのは本当に嫌だった。まさに「期待」によって外的コントロールを受けていたわけです。期待するのはいいんですよ。ただし、期待しすぎるから、怒りが生じてしまうのではないでしょうか?その怒りは最低で「叱責」、最悪で「虐待」などのガソリンとなって、子供などに牙をむくわけです。そんな背景のある家庭で育った人は、ある意味かわいそうだなと思います。なぜなら、期待しなければ自分の存在意義が見いだせないという病理とも思える状態にあるからです。

今は大学生の就職活動にまで親が付いてくるという事態が起きています。これは言うまでもなく「過干渉」です。もし本人が望んでいるのであれば、由々しき事態です。発達障害などのようにコミュニケーションがうまくとれないという場合は付き添いもやむなしでしょうが、定型発達の人までもが付き添いとなると「本当に働く気があるのだろうか?」と見られても仕方ありませんね。

俺から言わせれば、もう少し子供の可能性を信じてやれよと言いたくもなります。昭和症候群を地で行く人ほど、子供から「失敗から学ぶ権利」を奪い過ぎている気はします。何らかの障害があって、だまされて衝動的に高額な契約ばかりをしかねないから、後見人が必要というのであれば話は別ですが、そんなことがない限りはもう少し失敗から勉強させてもいいのではとも感じます。あと、子供にあれこれ求めすぎるのもよくないかな。繰り返しますが、期待しすぎるから腹が立つんでしょ?

長くなりましたが、結論は「過干渉」を減らしたほうがよいということです。過保護に関しては、そのうち子供からいらないと言いだして自立への道を辿るから心配はいらないと佐々木先生はいいます。子供がいらないと言うのに、無理やり押し付けて過保護のようにするのは、実によくないことだと思いました。自分は結婚できるかどうかわかりませんが、もし人の親になったら、前轍を踏まないように気を付けたいものです。

*1:今では「お気づかいは不要です」と張り紙を貼るなどしている病院を見かけるので、現在ではなかなか考えられないことですが