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Issueおじちゃんの新・ダメおやじ日記

自分の発達障害や日頃考えていることを綴って行きます。

本当に自分の力なのか?それとも…?

最近、中沢啓二の「はだしのゲン」(愛蔵版)を読了しました。それぞれの国が自分らの正義を貫き通すために、罪のない国民を巻き込む凄惨さを表現しているのを見て、俺は非常に暗澹たる気持ちになりました。当時強制連行された朝鮮人についても描写されていますが、日韓の戦後史に関しては、自分自身、まだまだ不勉強なのでコメントは避けておきます。

登場するキャラクターには、虎の威を借るキツネの如く蛇蝎*1がか弱き市民をいびり倒すというのが多かったりして不愉快にもなります。そのような手合いは現実世界にもゴマンといるからです。

  • 国家権力を自分の力と誤認している公的機関の職員(特に警察官やハローワーク職員等)
  • 学閥や政治的派閥の力を笠に着て、威張り散らす似非エリート
  • 暴力団や不良グループ(暴走族やチーム)の威光をチラつかせて威張り散らすDQN
  • 企業等のネームバリューをチラつかせて、見下してばかりのお馬鹿さん
  • 自分の地位から生じる力を自分の能力と思い込んでいる福祉の専門職

…などなど、枚挙にいとまがありません。

前にも言った気がしますが、そのような人間が話すと、主語はたいてい「世間が」「企業が」「私の大学は」「○×組が」「チームなんちゃらが」…などから始まるわけです。「オレ」「ワシ」「ボクちゃん」「ミー」「あたし」「わたくし」などと言ったとしても、メッキがはがれたように無様な物言いに感じてしまいますね。彼らは、借りてきた言葉で物を言っているに過ぎないからです。

一人の人間が言葉に気持ちを乗せることが出来た時に初めて、相手の心を動かせるようになるのではないでしょうか。例えば、「ボクは東大卒でねぇ…ボクと付き合ったら上流階級になれるよぉ」と言う男がいても、付いてくるのは相手を表面でしか見ない人間だけです。本当にデキる人は水戸黄門の印籠よろしく、自分の学歴をチラつかせたりはしないでしょう。

前置きが長くて、すみません。俺が言いたいのは、学歴やら権力がなかったら、本当に自分の力で世の中を動かせるのかと言うことです。所詮、一人の人間が出来ることは限られますし、周りの人たちが支えてくれてこそ、世の中を突き動かす大きな力になっていくわけです。はだしのゲンでも、ゲンや太田先生を先頭に、平和の行進を集団で行う描写があります。警察予備隊や右翼は、それを暴力で制圧しようとするわけです。

俺も今、だらだらとブログで書きなぐってますが、果たしてゲンたちのように自分の言動に責任を持てているのだろうかと考えるたび、俺も「私メッセージ」で発言しているかを反省する事ばかりです。少なくとも、一人の発達障碍者として、そして一人の日本国民として日頃どう考えているかを、この場では綴っていると考えています。

無事故1010日達成!そして俺の思い

悔やむべき不注意の物損事故から、1000日が過ぎました。…とは言っても、毎日車に乗っているわけでもありませんので、自慢できるものではありませんが。「注意しすぎてもしすぎることはない」をスローガンに、車に乗ったら安全確認とシートベルトはまず確実に行ってきました。その成果が積み重なった結果なのかもしれませんね。

自分も小心者なのか、パトカーを見るたびぎょっとしながら運転しています。過去に一時停止無視でゴールド免許がパーになったので…。これさえなければ、今頃割高な保険料を支払わずに済んだんだけどなー。

障害者が車を運転するということになれば、ただでさえ色眼鏡で見られます。そのくせ、車両重量税の免除規定はおかしすぎます。精神障碍者1級じゃないと免除にならないというのは、どうみても筋違いです。2級までならまだわかるにせよ、日常生活がままならず閉鎖病棟もやむなしという障害者がどう運転できるのでしょうか?こういった法制度を野放しにしている為政者こそ問題があるのではないかと俺は考えています。

俺のような発達障害者が無事故1000日を達成できた事実もありますから、必ずしも障害者の運転が危険とは言い切れないわけです。ただし、ケースバイケースで、薬の副作用や本来持っている障害特性等により、車の運転がままならないのであれば、どんな障害であれ、交通権を行使できる福祉*2を受けられるようにする必要はあると思います。

北海道は、車がないとなかなか不便な町が多いです。だからこそ、発達障碍者にも門戸を広げて、車両税の免除も積極的に行ってほしいと切に願います。

*1:日本の敗戦を悟ると、軍倉庫から物資を強奪して闇市でさばいて財を成すものなど

*2:バス等の運賃割引や福祉サービス券等