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Issueおじちゃんの新・ダメおやじ日記

自分の発達障害や日頃考えていることを綴って行きます。

2014年はじめてのブログ

新年あけましておめでとうございます。ROMってた人、コメントしていただけた人、読者になっていただけた人…などなど、いろいろといらっしゃいますが、今年も引き続き読んでもらえるとありがたいなぁと思います。

今週のお題「私の年末年始」

大みそかの恒例行事として、自分一人で神社に初もうでで年越しをします。夜11時までは普段なかなか食べない食事に舌鼓を打ち、それ以降は某所に車を停め、神社の境内にある人の列に並び元旦を待ちます。

今年は、神社での年越しを友達と一緒に行うことになりました。人生で初めてということもあり、実に新鮮な気持ちです。その後は、2時間ほどカラオケで熱唱し、友達を送って帰途につきました。

元旦はそんなに寝ていないせいか、寝正月でした。周囲には公言した通りになり、少し複雑ではあります。3が日が過ぎたら、バイトの仕事始め前に、遊びに出かけてみようかと思います。

「弱者を助けて何になる!」(ネタバレ注意)

昨日相棒のスペシャルを途中から見ていましたが、すべての黒幕が捜査本部を指揮していた公安部長であることがわかり、杉下右京警部に追い詰められてはいた台詞が小見出しにあるものでした。

自分らに都合が悪い情報を潰した挙句、天下りの受け皿を作っておきながら、こんなことしか言えないのかと憤ったものでした。自分をこのような気持ちにさせてしまうのもストーリーと役者の優秀だからかもしれません。

「弱者を助けて何になる!」というセリフに、政治家や官僚の心境が凝縮しているように見えて、えげつなさすら感じました。こんな奴は当然ノブレス・オブリージュを全うできるわけがないし、金づるとしか見ていないから弱者の気持ちなんて見えないのだと思います。

弱者の実情ではなく、官僚の作った枠に強引に当てはめようとするやり方こそ非難されるべきではないでしょうか?まさにやっていることが、鉢植えの盆栽と一緒です。官僚は今までさもありなんとやってきたのでしょうが、何がしかの障害を持ったり、弱者として生きている人間は、その枠に当てはめられない難しさがあるのです。

俺は発達障碍者ゆえに、その辛さを身をもって思い知ることがありました。たいていの発達障碍者に向けた年金制度がなかなかなく、年金を申請するに至らなかったという悔しい経験もあります。就労支援にしても、発達障害に特化した事業所に巡り会えず、専門職の無知・無理解で摩擦と冷戦に至り、2年を棒に振ってしまいました。

定型発達者の就職活動でも熾烈を極めるのに、障害者が3年以内で就職できるとは絶対に限りませんよ。障害者求人の多くは身体・知的障害向けが多く、発達障害者はうっちゃられているようなものです。障害者雇用で約200万人の就労者の内、精神障碍者が約2万人しか就職していないという現実に加え、類推しても5000人にも満たないと言われる状況で、発達障碍者は言うまでもなく就職戦線で「負け戦」を強いられます。

まずは、発達障碍者も気軽に働いて、自活できる社会にしてほしいなぁと思います。俺は大企業に入ったり、政治家になろうとしても、逆立ちしてもなれないんだ。だからこそ、他の人にやってほしい。