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Issueおじちゃんの新・ダメおやじ日記

自分の発達障害や日頃考えていることを綴って行きます。

本当に付ける薬がないくらいさもしくて悲しい人やね

俺は今でもフラッシュバックで悩まされることがあります。

小学校から高校に至るまでの惨めすぎる思春期。人間関係の挫折を再び味わった大学時代。そして、人生で最大の屈辱と挫折を受けた社会人時代と施設時代。これらの時代で舐めさせられた苦杯は忘れようがないと言えば、皆さんにはまだわかりやすいのかもしれない。

でも、たまにですが、嫌がらせをしてきたり、腹に据えかねるような奴に対して、違う感情が沸いてくるようになりました。それは「憐み」です。俺という人間をスケープゴートにすることでしか、人生の難局を乗り切れないって本当に情けないですよ。付ける薬がないほど、さもしくて悲しいバカなのかなって思います。

高学歴の奴って、Fランの俺をディスることで保険にして、その地位を保ってるのって言いたくもなります。それって単なる弱い者いじめじゃん。強い奴にケンカ売ってボロ負けしても、チクショーって負けん気で奮い立たせる負けず嫌いの奴がずっと尊敬できらぁよ。キャプテン翼では、地区大会の決勝で、大友中の新田瞬が、優勝候補・南葛中の翼にケンカ売って、隼ランニングボレーシュートを必死の思いで完成させるんだからね。それか、自分の弱さを思い知っていて、韓信の股くぐりのような屈辱もいとわない人には脱帽だよ。

自分も弱さを見透かされるのが怖くて、施設でも論理武装をしていましたが、ごくわずかの人は俺に近寄ってきてくれるので、論理武装解除をせざるをえなくなりました。今でも人から嫌われるのが怖かったりはしますが、彼らのような味方をまず信じてみようと思い、コミュニケーションの取り方を改めて見直し始めているところです。

本当の知識人は、知識で人を楽にさせてこそ、存在意義があるというもの。言葉遊びなどで悦に入っているだけなら、芸能界の楽屋ネタと何ら変わらんわけですよ。例えば、国家機密などに関するものであれば、トップシークレットなどの閲覧制限はしかるべきだが、国民レベルで楽にできるほどの知識であれば、具現化して楽にさせればいい。なぜ、それができないんだろう。

結論は、俺も付ける薬がないほどのバカに成り下がったわけなんだ。でも、知識を求めたり、成長したいと思ったりすることは罪ではないと考えています。今自分が出来ることは、自分のもっているものを活かして働いて、会社、ひいては周りの人を楽にさせることではないのかなとも思います。正直、就職が3年間近く決まらず焦っているし、もうそろそろでB型事業所に入るのは濃厚です。

自分の不運さと無力さを呪えばキリがありませんが、挑戦できる内は挑戦していきたいです。