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Issueおじちゃんの新・ダメおやじ日記

自分の発達障害や日頃考えていることを綴って行きます。

今日からB型事業所へ

俺は就労移行支援事業所での3年の年限を使い果たしたので、今日から就労継続支援事業所B型へ通うことになりました。B型とは言っても、今までとは支援の内容は変わりませんが、請負作業を手掛けつつ、社会への適応力を高めていくことを目的にしていきます。

確かに、B型は施設側と労働契約を結ばない支援事業なので、昔の授産施設も分類としてはこれに含まれます。A型になると契約を結び、実際の労働を通じて就労支援を受ける仕組みなので、OJTも含んでいるかもしれませんね。今になって話が見えてきましたが、A型事業所にずっと通い続けて社会で働けなくなるという背景には、施設側の障害者の使役があったんですね。サイコパス福祉職はこういうのを使役と言わず、何でも利用者の先回りをして失敗する権利を奪っておきながら使役になるって言い訳するんだから本当に始末に負えませんよ。

社会福祉法人の就労支援における一番の弱点は、利用者の数年先を見据えて就職に漕ぎ着けさせることが不得手ということです。一般的に成功しやすいのは面談をマメにしている施設だそうです。逆に前施設長は面談を厭い、支援者がいつも利用者に「あっち行けオーラ」を出してしまう。さらに面談は「義務になってるからやる」という事務的対応ありきで、利用者の本音を拾おうともしないし、それどころか封殺する始末。彼のイエスマンだけ就職させられても、目の敵にされた利用者は就職へのチャンスが遠のいてしまうのです。

求人開拓を就労支援室に丸投げするばかりで、自分らが会社担当者と積極的に繋がろうとしないから、今の施設長がどえりゃー苦労してるんです。会社などへの人脈がないということは、それだけ社会から施設が乖離していくことの表れですよ。バリバラのオイデヨハウス改革大作戦でもやっていたように、今では障害者としての「お目こぼし」では商売できないんです。障碍者だからこそ出来る生産活動で、一般の消費者を納得させられたからこそ、成功例を作れたのではないでしょうか。タレントの松村邦弘が宣伝隊長としてやったことも奏功したと思いますが。

自宅から少し離れた授産施設のパン屋は、ソフトフランスパンの出来が特にいいです。他のあんぱんやクリームパン等ももちろんおいしいですし、某ネット掲示板で酷評されているような不衛生な環境ではありません。利用者の対応には難はあれど、職員がその都度指導するから、いい訓練になっているなと思って俺は見ています。俺の施設にも月2回ほど訪問販売に来ますが、閉店間際に行けばあらかた売れている*1という状況です。こういった施設側の頑張りをもっと世間は評価してもいいと思います。

俺の施設で最初からパソコンを多くしたのは、ただ単に「障害者求人は事務職が多いから」というだけという、とんだ丼勘定っぷりだったそうです。事務職や印刷業への就職に特化するのであれば、そのような会社への人脈や限られた年限でたいていの人が能力を身に付けられるカリキュラムを用意すべきでした。どこの会社も最初は手探りだしノウハウ不足なのはわかりますが、ノウハウを仕入れても使い方がわからないというヘッポコぶりには呆れました。前施設長は暇を見つけてワークショップ等に行っていましたが、論語読みの論語知らずもいいところでした。なぜ、俺が彼をそのように言うのは、彼は知識だけで「障害者」として認識し接してあげているという態度がミエミエだからです。いや、これじゃあ知ったかぶりしているのといっしょかも。

最初は、思い切りマネしてもいいんです。習い事でも「習・破・離」の三段階があるように、仕事でもそれはあってもいいと考えています。ただし、人のパクリを「俺のはAさんの本歌取りだ!」とドヤ顔で言うのはよくありません。自分らでマネしてみて、これはいい、それは合わないなどの形が見えてきたら、自分らだけの形を作って、モノを生み出していけばいいのではありませんか。もっと、利用者にもブレスト*2させましょうよ。意見を戦わせてもいいし、多少の摩擦はあってもそこをどう乗り越えて軟着陸させるかも、ミーティング参加のあり方や態度を身に付ける機会にもなりえます。

三味線が教えてくれた「浮気」の効用

俺は題名に「浮気」と書きましたが、色恋沙汰での不倫や横恋慕を勧めているのではありません。俺は両想いなら出来るだけ長く気持ちを移入したい主義なので、不倫などの火遊びには臆病になってしまいます。ま、それはさておき、本題に入りましょう。

自分は学生時代に、従兄弟からヤマハのアコギを頼み込んでもらって、タブ譜を見ながらチマチマと弾いていたわけですが、道理でクソも上達しませんでした。当時の自分は発達障害に気づいてないし無理もないとはいえ、ギター教室に通ったら少しは違ったのかもしれません。ADHDの特性が悪い方向に出てしまうと、俺はギターのネックにも全く触らなくなりました。

そんな自分が転機を迎えたのは、今春お袋が言った一言でした。

「Issue、お金出してあげるから津軽三味線でもやってみたら?」

俺はなぜか知りませんでしたが、即座にやる気を出して公民館教室に問い合わせてみました。三味線の先生に、館長さんが問い合わせてくれたそうで、「津軽三味線は初級と中級を終えた人じゃないと難しい」と返事がありました。昔の俺なら、こうなるとどうせ俺には無理だったんかなーと変なところであきらめが良かった。今では、考えが変わったのか何故かやってみようかと思えるようになりました。実は三味線を札幌の専門店で店主夫妻に叱られながらいじったことはありましたが、気合入れて稽古したわけではありませんでした。

5月から俺以外が「昔のお姉さん」という集団で始め、途中1度休んでも出て、1ヶ月ほどが過ぎましたが、先生が「あんたは飲みこみ早いねぇ」というほどの追いつき方でした。バチ使いにギターの癖が出てしまい、先生や助手の皆さんからお叱りを何度も受けましたが、三味線らしい音が出た時には嬉しいものです。ギターではハンマリングオンやプリングオフを狂ったようにやっていましたので、ハジキ*3はすんなりとできました。

家でも三味線を練習したりしますが、親父に言わせれば「置屋に来て酒を飲んでると半玉が稽古してるのを聴いているような感じかな」とのことです。まだ始めたばかりなので、ヘッポコ三味線奏者ですが、半玉並みと言ってもらえたのがちょっぴり嬉しかったですね。お袋も俺の三味線を聴いていてやってみたくなったとのことで…。親父はすかさず「60の手習いじゃ厳しいだろ」とツッコミを入れましたが、中にはそういった方もいらっしゃるんだよねー。

振り返れば、俺がギターを挫折した経験は無駄じゃない。文化譜の見方も苦労しながらも慣れてきたし、耳コピしながら弾いてきたことも、三味線の稽古にも十分活きてきている。じっくり腰を据えて物事を続けられないと非難する傾向は日本人にもありますが、少なくとも芸事では「浮気」してみるのも悪くないなと思いました。仕事での浮気は、辞め癖にもつながるのでお勧めはしません。ドラえもんも言ってましたよね。「りっぱすぎる目標は必ずあきらめてしまうから」って。

まず、就職するのは最優先ですが、その間で三味線と言う芸事にも目を向けつつ、社会という空間をいろいろな角度から見れるようになりたいですね。

*1:職員や利用者が買ったのもあるかもしれませんが

*2:ブレインストーミングのことね

*3:指で弦を弾くこと。ハンマリングとプリングを合わせた技術