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Issueおじちゃんの新・ダメおやじ日記

自分の発達障害や日頃考えていることを綴って行きます。

元ヤンよりも低い地位で見られる日本の障害者

確かに元ヤンでもブラック経営などせず、一生懸命やってる人はいると思います。東進ハイスクールの吉野先生も元暴走族出身ながら、國學院大學を卒業し古文の受験指導で飯を食ってるのだからすごいものですよ。彼らの場合、概して周りをうまく味方に付けることが出来たと言うことも奏功したかもしれません。

ずるい元ヤンであれば、「ヤンチャしてました♪てへぺろ」の一言で過去の悪行を正当化するかチャラにしようとします。たいていそのような輩どもは、ヘリウムガスよりも軽そうな性格であることが多い。上っ面の要領のよさで世の中を渡っているつもりでしょうが、その軽薄さはわかる人にはわかります。そのことを知らないのであれば、オメデタイとしか言いようありません。

多くの障害者の場合、元ヤンよりももっと低く見られることがある。

某チャリティーテレソンで、芸能人が障害者の挑戦に付き合うなどと称して、結局は障害者が芸能人のネームバリューを高める格好になってしまったわけです。例えば、ダウン症の当事者たちと某アイドルグループが曲を披露するとなれば、当然当事者はアイドル側の宣材でしかなくなります。

障害者雇用で就職したとしても、必ずしも周りの配慮や理解を十分に得られるわけではなく、結局いじめの対象になって、ジョブホッパーに甘んじる人は結構います。俺は一般就労で働いてきましたが、閑職に追いやられたりいじめられたりした挙句、職業を転々としてきましたが、この経験も似たようなものだと考えています。DQNからは社会の生ゴミ扱いをされたこともありましたし。

発達障碍児の思春期に起こしやすい行動で、DBDマーチというのがあります。感情のコントロールや対人コミュニケーションのスキルが不足しているがために、自傷他害の行動や破壊的な行動を起こしてしまうのです。暴れられるのならまだいいかもしれないが、世の中には俺のように受け身になりっぱなしで爆発しては叫ぶことしかできなかった奴もいます。俺よりも受け身である人は、怒りを悪だと思い込み、自罰的になった挙句自殺しかねないのではないでしょうか?

他の障害者にしろ、様々な苦難の連続だったでしょう。知的や精神の障害者であれば「キチガイ」呼ばわりされたろうし、身体障害者であれば「カタワ」などとさげすまれたでしょう。ある人が言ってましたけど、最初から「障害」が何もない状態で生まれた人はいないと俺も思います。何がしか、障害があっても、本人がそれが原因で悩んでいると認識していない限り、障害には成りえないだけなんです。例えば、ワキガが原因で人が寄り付かなくて、人間関係でどうしようと悩んでいるとなれば十分障害たりえるわけです。

佐藤秀峰の「ブラックジャックによろしく」の精神医療編で、門脇という新聞記者が障害者の偏向報道へのアンチテーゼとして記事を寄稿しました。彼はアルコール依存症の短期入院と称して、潜入取材を続けていましたが、デスクから発行部数の足しにならんと最初は一蹴されてしまいます。それでもめげずに書いた記事は、精神障碍者への報道に一石を投じるきっかけにもなりました。個人的にはこの部分が印象に残っています。

「精神障碍は犯罪か?水虫は犯罪か?…」

精神鑑定の結果、障害者と思しき要素があれば、それを大々的に報道するものだから、当然誤解が生じるわけですよね。「精神障碍者=犯罪者」という短絡的なラベリングが出来上がっちまうんです。
現在の場合、発達障害にもその傾向が及んできているので、はなはだ迷惑ではありますが、一部の当事者やその関係者らのお陰で、昔のように曲解や偏見に直面することは少なくなったと考えています。本当にありがたい限りです。

繰り返しますが、状況は少しずつ変化してきていますが、日本においては元ヤンよりは障害者の地位は低いと考えています。ナマポ厨や生保をシノギにするヤクザくずれもいる以上、一層低く見られ福祉も彼らによって阻害される可能性は高いと思います。

一度、見えない障害者を取り上げたテレソンをやりゃあいいんだよ。

制作サイドは「わかりやすい障害者がちょっとでも何かやりゃ、視聴者はワーってなんだろ」と思っているのでしょう。それって、目に見える障害者に乗っかって思考停止してるのと変わらないのではないでしょうか。

発達障害以外にも、クローン病や糖尿病などの見えにくい病気も理解されにくいものです。だからこそ、そういった障害を知ってもらうために何かやるってのはどうでしょうか。大きい番組編成はプロに任せるにせよ、細かいアイディアを当事者にも手伝ってもらうことでおもしろいのができるかもしれません。企業が障害者と協力して、何かをなし得ていくノウハウは、他の企業にもいい材料になるのではないかと思います。

テレソンで集めた障害者募金にしても、障害者雇用専門のコンサルティング会社や人材派遣会社に協力していただいて、全国の就労移行支援事業所などにノウハウを提供したり、施設外就労のパイプ開拓を手伝ってもらうという金の使い道が、募金のバラマキよりは効果があるのではないでしょうか。施設にただ金をやるのでは効果に大きなバラツキが確実に出ます。ならば、ヒモ付きと揶揄されても、技術を教えた方がいいと俺は考えています。

製作費に関しては企業からのカンパになってしまいますが、芸能人や一般人からボランティアを募る形で人材確保してもいいでしょう。チャリティなのにギャラを支払って芸能人に来てもらうってのも何か滑稽ですよね。そこについては、萩本欽一さんも某テレソンのパーソナリティを降りる際に触れていたはずです。

夢物語であるのは、自分でも承知しています。俺はテレビ番組を作ることはできませんが、文というものをブログやSNSで媒介して、発達障碍者として日々感じる事や思ったことを伝えていきたいです。世をすね悲嘆に暮れて死ぬまで過ごすよりは、自分の思いを表現していきたい。一人でも興味を持ってくれれば、俺は出来る限り返事をしていきたいですね。

俺のことばが、水上の波紋のように世の中に広がってくれれば、言うことなしかなと考えます。そのためには、まず俺が出来ることを最大限にやり、出来ないことはプロや出来る人に助けてもらうつもりです。

たかが「ゆとり」されど「ゆとり」

先日、フラッシュバックについて話しましたが、これはくまのプーさんや職員たちだけに非があるのではありません。音の大きさも原因とはいえ、彼への解消できない怒りも大きな引き金になったと思います。

週末まで怒りを引きずっていて、俺はやるせない気持ちになっていたので、ある女性職員に話を聞いてもらうことにしました。彼女は24歳とゆとり世代最後の人間ですが、逆に努力家で辛抱強く、精神面で俺よりもはるかに大人です。

彼女はひとしきり俺の話を聞いて、回答してくれた中で、こんなのが印象に残りました。

「あなたがよくがんばってるのは見ていてよくわかります。しかし、もっと私たちも頼って下さい。スタッフ一同も、Issueさんと就職活動をしているという意識で取り組んでいます。だからこそ、あなたには就職して自立して欲しいし、言いにくいことも敢えて言わせていただくんです。あなたの頑張りは私も見てますから、どうか自信をもって下さい!」

俺はどこかで発達障害専門の事業所と今の施設を比較していて、その間に見下してしまっていたのかなと思います。実に情けないことです。「もっと頼ってくれ」と職員に言わせてしまった時点で、俺も助けを求めるのが下手なのかなと、つくづく思い知りました。

いくら反骨精神で「出来ることは俺がやる!」といきり立っても、職員の出る幕がなければ、そこで彼らはお払い箱になるわけです。あと、それ自体見栄っ張りなのかもしれません。こうなったら、出来ないことはなるべくできませんと言うことから始めようかな。

就職活動について、俺はハロワや政府へのルサンチマンや、前施設長への殺意がベースになっていたから、当然うまく行かなかったのかなって思います。それでも俺は、自分の能力を過小評価したくないし、人からもそのような扱いをされたくなかった気持ちも非常に強く、自分なりに尖がってきた経緯もあったのです。

人から見れば傲慢かもしれませんが、俺はもう少しできるんだと思っています。ここで終わりたくないという気持ちが出すぎるくらい出ています。俺はくまのプーさんとは違って、強いて言えばイーヨーを与太郎かつ熱血漢にしたようなもん。プーさんがゆる~くやってる間に、こっちは「クリリンのことかー!w」と言わんばかりにエネルギーを放出することもあるわけです。

少なくとも、俺の悔しさや熱意は、スタッフには伝わっていると信じています。今度は企業に対して、熱意や実力の高さをどう伝えていくかを考えるべきかもしれません。