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Issueおじちゃんの新・ダメおやじ日記

自分の発達障害や日頃考えていることを綴って行きます。

これからのネットリテラシー

見よう見まねでツイッターをやってて、最近大過なくやれていたので、俺は勝手に大丈夫だろうと思い込んでいました。

しかし、知り合いの話を聞いて、気づかされたのです。あまりにも一度に送るツイートが多かったり、比較的堅かったりネガティブな内容だったりすると、伝わりにくいことの方が多いわけで…。

どんなに言いたいことがあっても、場所によって多少はオブラートに包む必要はあるのかなとも考えたりしました。小林よしのりのように歯に衣着せぬ発言でゴーマンかまして通じるのならいいですが、俺の場合それも不可能なので、ツイッターとブログでは使い分けなくてはいけないのかなと思いました。170文字という制約の中で、コンパクトに文をまとめて伝えるのは多少センスや技術もいるかもしれませんし、ブログはその点制約も少ないから、カタい文であっても書けるのでしょう。

それ以前に、「俺を好きな人もいれば嫌いな人もいる」と考えて、少し肩の力を抜いて取り組んでみるつもりです。もちろん、ツイッターとブログでの主張はなるべく伝わりやすくなるようには努力しますが、これ無理だわと思ったらスルーしても結構です。少しでもおもしろそうだなとか、何となくわかるなーと思ったら、ふぁぼるなり、リプるなりしていただけると嬉しいです。

人というものが集まる以上は、ことばのやり取りで行き違いが生じたりするのはあり得るのかなと思います。あと、こちらの誤認ということだって有り得えますしね。人とやりとりして消耗するのが嫌だと言って、何もせずに自分の世界に籠るのはそれだけ可能性の芽を自分で摘んでいる気はします。失敗は誰だって怖いし、その向こうにどんな可能性があるかを見たいから、人は進んでいくのではないでしょうか。

俺だって基本ネガティブだし、色眼鏡で人や物を見るし、人間としては矮小な俗物。それでも、向上心を持って突き進み、扉の向こうを見たいと思う気持ちには変わりありません。本当に強い人は、自分の弱さを認められることをこの年になって知った次第です。弱いからすべてを諦めてしまうのは、強さではありません。自分に対して卑屈で卑怯な行為です。未だにフラッシュバックで悩んだりもするけど、それでも他人の力を借りて前を見る努力をしようと思います。

偏見、障害固定、平成不況…などなど、自分に立ちはだかるものはたくさんあります。それをどう克服していくかを今後は考えて行かないなぁ。