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Issueおじちゃんの新・ダメおやじ日記

自分の発達障害や日頃考えていることを綴って行きます。

今までの支援は何だったんだ!

今日、2施設の施設長による自分への支援に関するモニタリングがありました。今年一年の総括を含めて、来年からどうするかが話題となりました。キレることが少なくなったと評価してもらえてありがたいが、俺をええかっこしいとみなしている職員がいることに内心カチンときました。

前施設長のモニタリングは、利用者から話を聞き、ケアプランをその場で作っているだけ。挙句の果てには、忙しい時には他のPSWに任せて、同じことをさせているんですね。これでは、本当の問題点が見えないし、これからどうすべきかという解決策も見えてきません。こんなのが2年も続いてしまったら、当然就職できないわけですよ。

今回のモニタリングでよかった点は、双方で問題点を見出し、解決策や支援の方向性を決めていくことが出来たところです。来年からは、施設長も職場見学に何度か赴き、職場の人の声に耳を傾けたりした上で、俺の適性にも目を向けアドバイスしていくという方向で行くことになりました。そこは大いに成功したと思っています。

ケアプランは青写真でしかありませんし、必ずしもその通りに行くわけでもありません。それを専門職が作るのは当たり前だし、ケアプラン作ってオシマイということをやって何が支援だと言いたくもなるのです。蓋を開けてみれば、企業実習、ナカポツなどのチャネルに繋げるようなこともせず、結局パソコンだけに縛り付けてしまう。これでは、利用者が鉢植えの盆栽と一緒で、水(支援など)をあげなければ枯れてしまう一方です。

なまじ実力もあって、障害への配慮さえあれば輝ける障碍者なら、さまざまなチャネルに繋がっている利用者を見るたび、嫉妬したり自己嫌悪に陥るのは確実です。そこから、自殺やひきこもりにつながったらどう責任を取ると言うのでしょうか?最低限の条件を満たせるような配慮をまったくしないでおきながら、利用者に自己責任論などを押し付けるのは間違いであると思っています。支援者が就職できる可能性までに漕ぎ着けておきながら、利用者が何もしないことこそ自己責任を全うしていないと言えます。

意地悪な見方をするのなら、就労移行支援事業所の年限が3年なのも厚労省の陰謀のように感じてしまいます。地方や障害の格差を度外視しているために、さまざまな弊害が生じているのだと思います。大きな問題として、就労移行支援事業そのものの存在意義がわからなくなっていることです。施設の看板だけ付け替えても、就労につながらないのであれば、結局元の木阿弥ですよ。就労継続支援事業所と言っても授産施設などにすぎないし、違いは労使で労働契約を結ぶか否かというだけです。就労移行支援事業所にしても、訓練とは言え社会とつながることは少なく、施設というコミュニティでしかつながれない。

障害者の就労支援のキモは、当事者が社会とつながって働いて、自分が稼いだお金で自立できるようにすることではないですか?施設の中でしか行き場がないのは、本当に寂しすぎます。そんな環境でビジネスマナーなどを身に着けても、実践する場所がなければ、ジコマンだけで終わりますよ。その場所を利用者に見つけてこいというのはいささか酷。職員や法人側が積極的に人脈を開拓して、チャネルとして利用できるようにするべきです。

たいていのコミュニケーションは会話などの動的コミュニケーションです。会社での会話は、施設で話すノリでは通用しない部分があります。だからこそ、実習として職場で鍛えて頂く必要もありますし、職務経験のない利用者であれば尚更職場に慣れた方がいい。実習に行っている人がその経験を職員や利用者にフィードバックすることで、全体のコミュニケーション能力の底上げにもなります。座学で学んだ知識を知恵に転嫁させる機会がなければ、ただ「勉強」しただけです。自分で「学習」しないことには、就活地獄に陥り、日本版ニートになる可能性は大いにあります。