Issueおじちゃんの新・ダメおやじ日記

自分の発達障害や日頃考えていることを綴って行きます。

それ以上はいけない

某メンタリストが自分の動画チャンネルで生活保護者への差別的発言をしていたことがわかり、炎上していると言う。
彼ら全員が自堕落三昧の末に生活保護に至ったとしても、オーバーキルするほどの糾弾行為はよくない。

日本国憲法第25条でも、国民の最低限の生活を定義しているのに、母は全否定してきやがった。

すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する。
国は、すべての生活部面について、社会福祉社会保障及び公衆衛生の向上及び増進に努めなければならない。

菅総理は「自助・共助・公助が大切」としながらも、公助を第三位に優先させる時点で卑怯でしかない。
まず公助があってこそ、自助も共助も生きてくる。
この事実をなぜ頭に入れないのか。社会保障をしたくない姿勢が丸出しじゃねぇかって思う。

一時期、生活保護家庭のJKを全方位的な藁人形論法でフルボッコにしていた人たちがいるが到底許せない。
エアコンや趣味に金使うなというのなら、炎天下で扇風機付けて安いクレヨンで絵を描けと言うんか?
ふざけるのもいい加減にしろよ。

心身の両面から最低限のレベルになるように支援できなければ、福祉行政は敗北でしかない。

ADHDASDでも就労経験あるから年金いらんやんじゃねぇよ。
彼らがはなっから金の稼ぎ方も使い方も知ってるなら、社会保障は後からでもいいんだよ。
もしも、金に対する知識がなければ、専門職がみっちり教える必要があるわけでな。
どんなに頑張っても失敗した奴を自己責任でぶった切るのなら、俺だって出来る。
その失敗から立ち直らせて、地域ひいては日本を支える戦力にする行為は難しい。

昭和元禄を引きずったままの団塊世代なんて、正論でごり押しすることしか出来ないんだ。
もしそうじゃないと言うのなら、既得権益を少しでも吐き出して俺らに還元してみろってんだ。
「みんな一緒に貧乏になろう」と言って、自分だけタワマン住んで豪勢な暮らししてる知識人とは
わけが違うんだよ!

賛否両論あるかもしれんが、一瞬でも不毛な論争にしかならんと思ったら俺はリプしないからな。
わがままは承知だ。

久々にはてな懸賞に参加してみます

俺が記憶に残っているのは、市長表敬訪問の日である。

今の職場に内定が出る半年以上も前、俺はまだ就労支援継続施設B型にいた。
雪も解けつつある3月下旬、俺は放課後もパソコン練習に取り組んでいた。

俺のスマートフォンに一本の電話が来た。
「北海道○○課のAと申します。Issueさんの携帯でお間違いないでしょうか?」
「はい、そうですが」
「実は…お電話差し上げたのは、Issueさんが高校・一般の部に応募した作文が北海道知事賞に決まったという件です」
「えっ、えー!本当ですか!」
「ええ、つきましては、ご応募の際に頂きましたご住所に今回の賞状と記念品をお送りいたします」
「ほ、本当に…ありがとうございます」
この時点で俺は喜びを爆発させて歓喜の声を上げていた。

ミーティング中の職員が何事かという表情で、女性職員が事務室からたしなめに来たが、すぐさま北海道知事賞受賞を
知らせると一緒に喜んでくれた。少し離れた場所でパソコン練習をしていた男性利用者も駆けつけた。
「ちょっと…やったじゃないの!」
「Issueさん、話聴いてましたけど、北海道知事賞ですよね…おめでとうございます!」

その知らせは事務室の職員たちにも伝わり、心から俺の受賞を祝福してくれた。
施設に通っていてしんどいことばかりだったけれど、俺が見た中で一番の笑顔を見れて満足した。

1週間後、北海道庁から件の荷物が届き、早速確かめてみた。
北海道知事・高橋はるみの名前で、俺の作文への栄誉を称える賞状を作ってくれていた。
記念品は、道産の木で作った小さな筆入れだった。

長らくお世話になっている女性職員の存在を作文で明かしたことで、彼女と親しい市役所福祉課の偉い方が
気を利かせて市長表敬訪問のお膳立てをして下さり、3日後に正装して市庁舎に赴いた。
彼女のスーツ姿を見るのも生まれて初めてで本当に新鮮な感覚だった。
入口では管理職クラスの方が待っていて下さって、市長室に行く前に自分らの控室へと案内してもらった。

長らく故郷にいてもこういう機会は一生ないだろうとタカをくくっていただけに、内心腰砕けになっていた。
彼女がそんな自分を笑顔で鼓舞してくれていたので、市長との短い対談も何とかやり通せた。

控室に戻ると、新聞社の記者さんが二人ほど来ており、地方版の記事作製にあたり簡単な取材と言うものを生まれて初めて
受けた。最後は俺が笑顔で賞状を持っているポーズを撮影してお開きとなった。

俺自身が、これを契機に自尊心を取り戻し復活できたのは今でも覚えている。
表敬訪問までは長い道のりだったけど、必要な助走だったと考えるようにしている。

書き直しました

大変、ご無沙汰しておりました。
公私ともに心身を削られたりすることが増え、大変落ち込んでいます。

小山田圭吾という音楽家は「イケメンの皮を被った鬼畜」という認識です。
過去の雑誌記事はネット上で読み、非常に憤っていました。

今回は当該記事についての謝罪が今になってようやく出たようですので、引用ママにします。
さらに俺自身の見解も加えていきます。

雑にまとめると「今になって炎上してるから謝りますわ(うっせぇな)でも許してもらえるのなら僕に仕事ちょ」ってことかな…。
からしてみればDQNの言い訳と一緒なんですよ。

ネットで詫びたからいいだろって問題でもなく、心根が義家弘介議員や馳浩議員と同じくらい浅ましいんですよ。
被害者からしてみれば、簡単に割り切れる問題ではなくトラウマになってることは当然ある。

加害者は自分の悪行を矮小化かつ正当化して居直るので、社会的制裁レベルの措置は必要だと思います。
足を踏んだ側はその瞬間から忘れているが、踏まれた側はずっと覚えているものです。

この度は、東京2020オリンピック・パラリンピック大会における楽曲制作への私の参加につきまして、多くの方々を大変不快なお気持ちにさせることとなり、誠に申し訳ございません。

 心よりお詫(わ)び申し上げます。

 ご指摘頂いております通り、過去の雑誌インタビューにおきまして、学生時代のクラスメイトおよび近隣学校の障がいを持つ方々に対する心ない発言や行為を、当時、反省することなく語っていたことは事実であり、非難されることは当然であると真摯(しんし)に受け止めております。

 私の発言や行為によって傷付けてしまったクラスメイトやその親御さんには心から申し訳なく、本来は楽しい思い出を作るはずである学校生活において、良い友人にならず、それどころか傷付ける立場になってしまったことに、深い後悔と責任を感じております。

 学生時代、そしてインタビュー当時の私は、被害者である方々の気持ちを想像することができない、非常に未熟な人間であったと思います。

 記事の内容につきましては、発売前の原稿確認ができなかったこともあり、事実と異なる内容も多く記載されておりますが、学生当時、私の発言や行為によってクラスメイトを傷付けたことは間違いなく、その自覚もあったため、自己責任であると感じ、誤った内容や誇張への指摘をせず、当時はそのまま静観するという判断に至っておりました。

 また、そういった過去の言動に対して、自分自身でも長らく罪悪感を抱えていたにも関わらず、これまで自らの言葉で経緯の説明や謝罪をしてこなかったことにつきましても、とても愚かな自己保身であったと思います。

 それにより、当時のクラスメイトだけでなく、学生時代に辛(つら)い体験をされた方々やそのご家族、応援してくださるファンの方々に対しても、不誠実な態度を取り続けることになってしまいました。本当に申し訳ありません。

 学生当時、私が傷付けてしまったご本人に対しましては、大変今更ではありますが、連絡を取れる手段を探し、受け入れてもらえるのであれば、直接謝罪をしたいと思っております。

 今回、私が東京2020オリンピック・パラリンピック大会に携わることにつきまして、否定的なご意見を頂くのは尤(もっと)もであると思います。

 また、このコロナ禍において、国民の皆様が不安を抱える中での大会開催に関与することへの疑問のご意見も頂戴(ちょうだい)しております。

 本来であれば、様々な理由から、私の参加にご不快になられる方がいらっしゃることを考慮し、依頼を辞退すべきだったのかもしれません。

 しかし、課題も多く困難な状況のなか、開会式を少しでも良いものにしようと奮闘されていらっしゃるクリエイターの方々の覚悟と不安の両方をお伺いし、熟考した結果、自分の音楽が何か少しでもお力になれるのであればという思いから、ご依頼を受けるに至りました。

 そのうえで、今回の音楽制作にあたりましては、自分なりに精一杯(いっぱい)取り組んで参りました。

 それは、私だけではなく、他のクリエイターの方々も同様であると思います。

 故に、私の関与により、開会式へ不快な印象を与えてしまうことを心から申し訳なく思います。

 この度、様々なご指摘を頂いたことで、あらためて、自分自身の在り方について振り返り、反省と再考をさせて頂く機会を得ました。

 それにつきましては、ご意見をくださった皆様に、感謝すべきことだと感じております。

 私が傷付けてしまったクラスメイトご本人へはもちろんのこと、長年の私の不誠実な態度により、不信感や不快感を与えてきてしまったファンの皆様や友人たち、関係者の皆様に、心からお詫び申し上げます。

 一人の人間として、また、音楽家としてどう在るべきか、自分は世の中や周囲の人々に対して、どういったかたちで貢献していくことができるのか、常に自問自答し、より最善の判断をしていけるよう、一層の努力をして参りたいと思います。

小山田圭吾

2021年7月16日

同級生の障害者に対する行いが強要罪、傷害罪等に認定されても当然のレベルです。
口幅ったくも、彼自身が「不誠実」と言ってしまうのがおかしい。

加害者はそのつもりでも、被害者は親の仇や国民の敵と同等に捉えてしまうことだってある。
被害者は心に傷を抱えた瞬間に、認知が歪むと思います。過度の一般化はよくある例ですが。

一番の謝罪は、音楽業界から潔く身を引くことしかないでしょうよ。
彼の音楽はポップなのかロックなのか見当もつかんが、姑息的に詫びるだけの輩に音楽を語って
ほしくないと思う。いっそのこと、ストリートからやり直したらどうですか?

JOCが五輪開催に向けた成果を見せる機会だと言うのに、開・閉会式作曲チームのメンバーに
「元反社会的勢力構成員」がいると言っても過言ではありません。

芸能界の誰かが「清廉潔白な人なんていますか?」とマスコミの記者らに言ってたけど、
クソリプもいいところですよ。恐らく、自分の内申点稼ぎのような感覚では?
コーネリアスの過去のすさまじい加害行為がバレても、国家行事のメンバーになれるのは
まずいよね」と言うのが論点であり、人の良しあしを問うてるのではない。

小山田が行動で詫びると言うのなら、自分の想いを歌にちりばめて世界レベルのスマッシュヒットに
するってとこまでやってほしかった。俺の記憶には、小山田がそこまでの曲を出したという事実が
ないんですよ。宇多田ヒカルビルボードに載る快挙を見せてるけど、彼がアメリカ進出して
足跡つけたって話もまったく聞いたことがない。後で調べてみたけど、コーネリアス名義で
21か国でリリースしてるらしいけど、俺が多分田舎もんなんだろうね。ごめんね。

楽家は自分の創作物を披露してお金をもらっているのに、悪目立ちで雑誌社から金貰ってるん
ならプロの音楽家として疑問符を付けざるを得ない。

JOC側も知らぬ存ぜぬの一点張りだから、大ナタを振るえないでしょうね。
獅子身中の虫がいたとなれば、けじめをつけてもらうしかないだろ。

日本の芸能界は出禁にして、小山田には二度と仕事を振らない…とまでしないと
人は納得しないと思う。

アカウントみたら公式マークついてたから、かなり恵まれてたんじゃないかな。
他にマーク欲しい人いっぱいいるんやぞ…。

今日の所はこれまでです。

障害者雇用の限界

昨日の帰り際、上司に呼び止められ、自分の作業量とスピードが落ちていることを指摘された。最初は体調不良じゃないのかと聞かれたがさすがに認めるわけにはいかず、謝罪しきり。

諭すように言われたのでぐうの音も出ずに帰宅したが、両親に言ったらうえめせでしっかりしろ、仕事のことだけ考えろなどと言われた挙句、人のプライバシーにも関わることをずけずけと言ってきたので一晩中悶々と悩んでいた。今日は家から離れて外食してコンビニよって帰ってきたが、相変わらず両親はキーキーうるさい。

世捨て人にマジでなりたいほどまで精神状態が悪化していたが、Twitterであるフォロワーさんからヒントになるリプを頂いた。
発達障害の場合、障害者雇用でも仕事に慣れてきたら、上司らの期待値も上がってきて、本人が障害者であるという事実をすっかり忘れているのではというものだった。
これは発達障害障害者雇用あるあるらしいが、まさにその通りだなと思った…。

俺の仕事は完全なる肉体労働である上に、新型コロナウイルスやアレルギー性疾患の危険にさらされる業種なので、テレワークもへったくれもない。彼らのような奴が指揮官で、俺みたいな奴は銃持って戦場を駆けずり回る一兵卒なんだよな。現場監督あたりは俺みたいな奴に対しても何かあれば早いうちに対処しなければならない。

企業の新卒至上主義はまだまだ根強く、人材の没個性化が急速に進む一方で、今だに性別や年齢、障害等で門前払いする企業の何と多いことか…。
若い人材で障害が分かりやすく対処しやすい「キラキラ障害者」がアイコンとして消費される一方で、俺のような奴は使用者のCSRを満たすだけの作業員でしかない。
業績が伸びてる会社は徹底した効率化、失敗の少ない育成システム等という鋳型に人を押し込めた挙句、学歴や障害によるフィルタリングで選別してしまう。

所詮、資本主義経済では福祉とは水と油みたいなもので、大企業の特例子会社じゃない限り、厚労省の定める障害者雇用率なんてクリアできないわけで。
大抵の企業は追徴金を払ってでも障害者よりも定型発達者が欲しいのである。正確に言えば、ボランティアに近い低賃金で一流の働きをしてくれる企業に都合のいい人材である。
経営にはロマンがあると語ってる人は、ガチで距離置いた方がいい気はする。

肝心の福祉も役所の水際作戦で、働けるギリ層の申請をシャットしているのである。社会保障に税金つぎ込みたくないくせに、自分らの既得権益は持っていたいという命根性汚い奴らが上級国民様(笑なので、怒りを通り越して閉口する。安倍&公明党政権が崩壊していっそのことカオスになった方がまだマシなのかもしれない。

障害による不利益を表に出さずに企業の求める成果を出すという極めて矛盾した論理を、政官財が押し通そうとする所に俺は障害者雇用の限界を感じる。
はっきり言って、就労移行支援事業はムリ層の楽園だと思う。

正義マンという存在

自分の正義をやたら押し付けてくる奴がいる。それが正義マンだ。
特に現場での権限を握ってる奴らに多い気はする。

今日、職場で社外のお客様を社員さんに取り次いで場を去るタイミングを見ていたら、お局の右腕が「仕事に戻ってくださぁい」と言ってきた。
彼女だって暇見つけては誰かとくっちゃべってるくせに、テメーの正義ぶん回していい気になるなよって思う。

話しかける傾向を見てたら、俺への仕事上の注意にかこつけた嫌がらせにもとれる行為が多い。
確かに彼女はマグロのように動きまくってバリバリ仕事するのだが、性格が非常にキツく高い水準を求めてくる。

正直、反発もしたいところだが、一言えば十以上返してくるのは確実なので我慢するか逃げるかしかないのだが…。
少し前までは「もっと早く仕事出来ないんですかぁ?」などともいわれたりした。俺が障害者雇用で入ってることは上司から聞いてるはずなんだが、多分自分のことで精いっぱいだから俺を服従させようとしてるんだなって思う。
かつて絶縁した叔母もそいつと似たようなところがある。世渡り上手で弱い奴への言動がキツい点が特に共通している。

これが進むとポリコレなんぞと言って、政治的な正しさだけで突っ走るようになるから始末に負えない。
世の中は割り切れない部分もあるが、ポリコレ棒で殴ることだけが正しさではない。

彼女らは全体主義に溶け込める分、孤立してる奴をいじめることを平気でやる。
みんな仲良くの陰でクソ涙を流してるのが俺みたいな障害者雇用の人間なんだよ。

厚労省や支援職の人間は、この現実にも向き合ってほしい。

発達障害と反出生主義

Twitter発達障害クラスタの皆さんとやり取りしたり彼らのツイートを読んだりしてると気付いたことがある。

発達障害者ほど高確率で反出生主義になりやすい傾向である。
とりわけロスジェネの発達障害者であれば、医療福祉面での支援を行政から満足に受けられず、その上健常者や自分の親類などから人間のクズ呼ばわりされるのでは、自分自身の存在意義すら否定したくもなるだろう。
「自分なんて生まれてこなければよかった」「自分に子供が出来たらいばらの道を歩ませることになる」などネガティブな想像しか頭に浮かんでこないわけで。

原因としては、父権もしくは母権による家族支配が長らく続き、発達障害が未診断のままで学校や職場に放り込まれたということが大きいとにらんでいる。
九分九厘、親側こそ発達障害精神障害の特性があるものだし、年功や体格差でマウンティングして利益を得てもいいと誤学習している可能性は非常に高い。
アレントレーニング以前に、親にもWAISやら心理検査受けさせて、精神科医が厳然たる診断を叩きつけてやれやってマジで思ってるからね、俺は。

おまけに学校や職場で居場所を奪われ陽の目を見れなかった奴も、存在してると考えている。
ガンダム芸人若井おさむさんも家族ぐるみで虐待を受けて育ってきたが、彼も闘争の日々を送ってきたことは明らかだろう。
ネット記事ではあるが、彼の苦悩の日々はTwitterにもワード検索で上がってくるほどだ。

俺も高校時代入学式からDQN連中に目を付けられてはいちびられ、中ボス格のDQNの嫌がらせにトイレ掃除中にも拘わらずブチきれて返り討ち覚悟でケンカを売りに行ったが、バカ国語教師が止めに入りやがったので、今でもそいつもまとめてボコボコにしたいと思っている位だよ…。

日本では少子化ガーと昭和のクソ老害政治家が周章狼狽しているが、テメーらがまいた種だろと双手刈りからのマウントでボコボコにしないとマジで気が済まない…。
おまけに介護業界では外国人実習生を呼んででも人手不足を解消させたいと言う姑息さが俺には許せない。高校時代の友人が今ベテランの介護福祉士をしていて、日々奮闘しているのを聞いてるからだ。

「お年寄りを大事にしましょう」なんてお題目なんぞ、きょうびのプリウスミサイル老人、チンピラ老人などを見てたら、マジで言ってられなくなるだろ…。
俺はいいたいね、「他人から大事にされたかったらまず他人を大事にしろよ!」と。

やさしいとかいい人だから介護やら福祉に送り込むのは、明らかに本人の適性を無視した無責任かつ野放図な提案である。
俺も母から「Issueは優しいから福祉に向いてる」と言われたが、それではあかんのよ…。
福祉にせよ、臨機応変、適切な専門知識や技術が求められるわけで、単なるお人よしではパワハラお局職員に潰されてアウトだよ。

少子化と反出生主義を解消するには、まず金と職、居場所を与えてやれっつーの。
それすらしないで「足らぬ足らぬは工夫が足らぬ」って戦中かよ…。

足りないのは貴様らのオツムじゃぁああああ!

「誰でも出来る仕事」という愚かで見当外れな評価

たびたび福祉職や土木職は誰でも出来る仕事という意見も耳にするが、断固として異議を唱えたい。
正確には「作業自体が誰でも出来るように見えるだけ」で、実際は職権によって出来る範囲も変わってくるんだよ。

介護にしてもただお世話すりゃいいってもんじゃなくて、痰の吸引になったら職場での資格者を呼ばなければいけなくなったりするらしい。
土木にしても、玉掛やらフォークリフト、クレーン車の扱いで資格が求められるわけで、測量で言えば測量士測量士補のない奴は道具持ちなどのパシリよ。
土地家屋調査士になればよそ様の土地や家屋も扱うから、無資格者のアンポンタンにいっちょかみをやられては違法行為になっちゃうわけで。

某所でキャリアカウンセラーさんのお話を聴く機会があったが、その方が言ってたことで一番印象に残ってるのがこれ。

「知らない職業には就けない」

自分に知識がない職業には絶対につけないし、運よく就けたとしても職場で嫌われるだけでしかない。

村上龍さんの「13歳のハローワーク」、テンプル・グランディンさんの「発達障害者のハローワーク」などの書籍は出ているものの、日本独自の就労制度としての基盤が脆弱になっていると俺は感じる。新卒至上主義のお陰で、職業観と自己像のギャップで潰されて、やり直すにも障害者雇用では低賃金労働者になってしまうという例も俺は見ている。

俺の場合、B型事業所含め約4年間通所していたが、どんなに頑張っても事務職やIT職には就けず、就けたのは商品補充員だった。しかも、事業所側は最初の1か月程度しか定着支援をせず、お局に目を付けられ職場でいじめを受け始めたころにはサビ管が出て来て一方的に悪者にされ、お局一派から蛇の生殺し状態を今まで受け続けてきた。一つ目のなかぽつとは関わりが浅かったが、現在支援を受けているなかぽつには面接対策や履歴書添削等でお世話になっている。

商品補充員も誰でも出来る仕事に見えて、マルチタスクだったりする。

  • まず商品補充を徹底的にマスターする。
  • 職場での人間関係に加わっていく(力関係を完全に把握する)
  • お客様に尋ねられたら手を止めて応対する
  • 売り場のメンテナンスはもちろん段ボールごみを散らかさない
  • 全体主義・事大主義の職場でも孤立しないように立ち回る

…など、とてもじゃないが、自閉度がバチクソ高い発達障害者などに出来る仕事ではない。

簡単に見える仕事でも実はこれだけタスクが重なってたりするんだってことをわかってくれればうれしいなと思っている。
どうか、簡単な仕事であっても誰でも出来る仕事だろなんて言わないでほしい。お願いします。

ほぼ1か月ぶりのブログ

世界のコロナパニックで札幌市・北海道が共同緊急宣言を行う事態になり、俺の所にも様々な弊害が生じています。

  • 某社のWeb適性検査を通過して面接を受ける予定日が延期になった。
  • 家に籠る機会が増えたので、どうしても過干渉の親からのストレスを受けてしまう。
  • 業種が小売業でも休業できない会社なので、コロナでオラついてるお局一派からのストレスを一層受けてしまう。

この三つだけでも心身が悲鳴を上げてしまう状態です。

発達障害者を潰す方法

発達障害者を潰す方法は簡単です。以下の事項が完全にそろえば自動的に潰れてくれます。

  • 昭和式子育てにどっぷりつけこむ(怒鳴る・殴る・喚く)
  • 親戚などのお年玉はボッシュート(あなたが大人になったらあげるからね)
  • 世間様の価値観を叩きこむ
  • 条件付きの愛でがんじがらめにする(テストで100点取った時だけ褒めるなど)
  • アニメ・漫画・ゲームなどのサブカルチャーへの接触を厳禁する
  • テレビ・ラジオ・ネット等の媒体への接触を禁止する
  • 子供の交友関係を限定する
  • 達成困難な目標を達成させようとする(例えば現役で東大理3合格)
  • 子供のリビドーを完全否定する。エロ本・エロマンガエロゲーは没収!
  • 体育会系会社にぶち込む
  • 福祉ヤクザ*1に下駄を預ける
  • 就労移行支援事業所などにぶち込む
  • 自分がヘリコプターペアレントになる
  • 子供のモノは親のモノ、親のモノは親のモノを実践
  • お花の社長のホメオパシー等を実践させる
  • 福祉からのアウトリーチを完全遮断した上で野に放つ

…など。

本当に枚挙にいとまがない。西洋には「他人の家の食器棚にはがいこつが隠れてる」ということわざもあるようですが、上記のような行為が日常化かつ慢性化しているのなら、児童相談所案件になるでしょうよ。

毒親は自分がそうであることを自覚してません。
むしろ、精神性が「世間様に顔向けできるように」という謎の体裁からなってるので、そんな親の下で育った子供は九分九厘幸せを感じられないでしょうね。

俺が言いたいのは、発達障害者を社会的に戦力にしたかったら上記と逆のことをしなさいよってことです。
今まで述べてきたのは、親本位の子育てです。

子供の幸せを願うならば、基本的部分を押さえつつ、子供の自主性や自尊心を育ててもらいたいのです。
理想は、子供が成人する前に子離れ出来る状態ですね。

毒親一家は自我が確立しないように足の引っ張り合いをしてる上に共依存状態に陥ってるわけですよ。
だから俺は嫌なんだ。

*1:引き出し屋などの障害者をだしにゼニ儲けするクソ野郎ども