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Issueおじちゃんの新・ダメおやじ日記

自分の発達障害や日頃考えていることを綴って行きます。

障害者にとって由々しき事態

先程、「どさんこワイド179」を見ていて、すごいニュースが飛び込んできました。精神障碍者の手帳申請が宙ぶらりんになっていたとのことでした。2年以上も保健所での申請が放置されていたとなると、本当に許せない事だと思います。詳細は動画ニュースの引用より。気になる方はリンクからジャンプして下さい。

上川保健所の職員が精神障害者のための支援申請を受理しながら事務処理を放置していたことが明らかになりました。上川総合振興局では会見を開き関係者に謝罪しました。

上川総合振興局によりますと上川保健所の職員がおととし4月から去年11月までに受理した精神障害者の医療費支援や障害者手帳交付の申請について医療機関との判定確認を怠り放置したということです。
このため旭川市内の男女17人が、いまも支援を受けられていないということで上川総合振興局は謝罪して障害者手帳を交付したいとしています。
(2013年6月5日(水)「どさんこワイド179」)

障害者手帳の申請を放置 -動画ニュース

精神障害者手帳と言うことは、うつ病統合失調症の当事者以外にも発達障碍者も含まれている可能性があります。同じ発達障碍者として、困りごとがあるのに福祉を受けさせてもらえない苦しみは、
俺なりによく理解しているつもりです。

かくいう自分も一度は発達障害と言う理由だけで手帳の申請を拒否されたこともありました。主治医が意見書をしっかりと書いて、北海道庁に提出してくれたことがきっかけで、再申請から1か月後には手帳が交付されました。自分の時は運が良かったと言わざるを得ませんが、他の当事者は実に辛いのではないかと思います。

福祉関連で力を握ってるのは、国よりは権限が弱いとはいえ役所ですよ。そういった役所が腐ってどうすると俺は言いたいですね。役所の職員や当事者にしても、マジメにやってる人が報われる仕組みを作らねばいけませんよ。ナマポほしさに病気や無能力者を擬態するバカが増えているのに、いつまで経っても本当に福祉を必要とする人には行きわたらない。

好きで障害者になった人なんて、そうそういやしないと俺は考えています。障害が見えようが見えにくかろうが、困りごとを抱えていて、社会生活が営めないのであれば、そう言った人たちに光を当て手を差し伸べるのが本当の福祉だと思います。

マナーの悪さにも閉口

今日もアンアンをしてきましたが、いつも座っている席でやろうとしたら女性の先客がいたので、仕方なく隣の席でやろうとしたら、荷物が置いてありやれませんでした。普通だったら一声かけるところですが、決勝ラウンド中だったので、しばらく待つことにしました。気付いて荷物をよけてくれたのはよかったが、本当にマナーの悪いアマだなぁと内心毒づいていました。

緑枠特番でブラボー厨のマナーの悪さにも閉口しました。誤ブラ、落ちブラ当たり前という嫌な奴で、二度とマッチングしたくないと思ったくらいです。前の俺なら、こういう厨房のアンサーネームと接続先をネットで晒してやろうとも思いましたが、他の人がやっているのを見て、いい気分はしませんでした。

自分が一番相手にしたくない人は、ブラボーやアクションなどで挑発する人やあからさまにわざと負ける人です。そういう人ほど金属プロや鬼サブカが多いし、そんな行為をされる側が悪いんだという考えなので、自分なら友達にはなりたくありません。一人でストイックになるのはいいけれども、周りを不快にさせてでも突っ走るなよと正直呆れます。

早押しボタンの押し合いだけでも十分ストイックになれるし、相手との0.1秒差のスリルだって味わうことだってできます。なのに、相手を挑発したり見下してまで、平気でプレイする神経は理解に苦しみます。「どんな手でも使って勝とうってのは、俺とは住む世界が違う人なんだね」と考えることにしていますが。

相手がどんなに雑魚アンサーなどとへりくだろうと、俺は純粋にクイズを愛するプレイヤーには尊敬の念を送ることにしています。それが某コミュニティでの書き込みやレスだったり、アンアンでのブラボーやサンキューだったりします。実はヘタレアンサーと言ってる人ほど強かったり、強いのを隠してたりするんですよね(苦笑)

楽しみ方は人の数ほどあるのかもしれないですが、人を不快にさせてまで自分だけが楽しむやり方は感心できるものではありません。そういうことを言っている時点で俺は甘ちゃんなのかもしれませんが、クイズを足掛かりに知識の交換や人との交流を深めて行きたいと思っていますので、アンアンをやってはコミュでやりとりというスタイルは変わらないでしょう。

アタック25のスタッフさんも予選の時に言っていましたが、「あくまでもゲーム」ということです。確かに負ければ悔しいですが、負けた人のお陰で勝ちを摑める人がいることも忘れないでほしいと願っています。例え、負けていても、歩き続ける人がいるのなら、エールだけでも送りたいと俺は考えています。