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Issueおじちゃんの新・ダメおやじ日記

自分の発達障害や日頃考えていることを綴って行きます。

福祉も阿片である

城塚登訳による『ユダヤ人問題によせて/ヘーゲル法哲学批判序説』では、以下のように述べている箇所があるそうです。

宗教は、抑圧された生きものの嘆息であり、非情な世界の心情であるとともに、精神を失った状態の精神である。それは民衆の阿片である。(p72)

福祉もこの一節と似たようなもんかもしれません。換言すれば、社会から抑圧された障害者のため息であふれかえり、健常者から見れば非情な世界の心情であるだけではなく、精神はあってないようなものでしょう。当然、サイコパスと言っても過言ではないほどの支援者や当事者が、跳梁跋扈することが十分ありえます。

俺個人としての考えは、福祉は障碍者にとって、少しでも生きやすくするための心のよりどころや支えであるべきだし、それが阿片などのように中毒性を帯びてしまっては、かえって当事者の潜在能力を削いでしまう気がします。余程、重度の障害者であれば手厚く福祉を受けられるように配慮すべきだと思いますが、発達障碍者などのように表に見えにくい障害者に対して「あんたらは障害が軽いから、福祉を受けるのを我慢しろジャパイヤーw」と忍従を強いるのも筋違いである気がします。

福祉が阿片になってしまっている最たるものは、生活保護であると思います。本来、福祉を受けて救われるべき人間が餓死*1したりする一方で、某芸能人の関係者など*2暴力団のシノギ*3生活保護が使われるのであっては、本来の存在意義からは全くもって逸れているとしか思えません。

今一度、福祉はどうあるべきかを考え、ご都合主義を辞められたらどうでしょうか。

*1:北海道札幌市で生活保護の相談に来た女性を追い返して、知的障害者の妹とともに餓死してしまった事件も風化させてはいけません

*2:「ナマポもらったぜ!イェイイェイ!」のギャグでおなじみのはねトビメンバーやら、「お前にくれてやるナマポはねぇ!」でお馴染みの芸人(おい

*3:北海道滝川市でナマポでベンツ…なんてもんがありましたね