Issueおじちゃんの新・ダメおやじ日記

自分の発達障害や日頃考えていることを綴って行きます。

ゴーマニズム宣言をはじめとしたいじめ評論

ゴーマニズム宣言6巻で、「いじめは平等化社会でなせるゲームではなかろうか」という
表現が載っていた。確かに的を射た表現だが、昔もいじめがあった事実は拭えない。
部落問題も簡単に言えば、仲間外れみたいなものだ。アイヌだから日本人じゃないという
ロジックで昔はごり押ししていたのだから。内と外を病的に分けたがる日本人だから
いじめを潜行させ陰湿にしてしまうのである。
さらにいじめを止めさせようとする者がいないのも問題だと、作者は言っている。
これには諸手を挙げて賛成した。本来ならば、この役割は大人が行うべきである。
いじめを止めろと言えないから、本末転倒の事態になることがたくさんある。
政府の義務教育費削減に始まり、果てはDQN企業の下請けいじめまでたくさんある。
子供は嗅覚が敏感だから、すぐに見抜く。大人がやってるから俺たちだってという
アホな論理をおったて、いじめ集団が出来てしまうのである。
オンリーワンが大事だと言われているが、まずは最低限の礼儀を叩き込まなければ、
個性の履き違えが起こってしまいかねない。現に今の学級崩壊がそうじゃないか!
俺だってこれに巻き込まれ、さらに精神疾患にかかったんだぞ!
どう責任を取ってくれるんだ!あの時は国民年金を給料からチマチマ払っていたので、
労災なんてものは微塵も頭の中になかった。正直、労災が適用されるなら、今までの
費用をまとめて支払って欲しいものである。



美味しんぼで唐山唐人のことばを借りれば、人を腐らせるのはやはり人なのである。
山岡は「軍鶏になるな」といじめられっ子に諭した。
ロッキー4では、モスクワのドラゴとのノンタイトル戦をブーイングの中、ロッキーが
勝ったが、試合後のインタビューでこう答えている。
「最初あんたらは俺を嫌っていたが、試合の終わりに向かうとみんな好意的になってくれた。
俺たちは変われるんだ!」と。
元気付けてくれるのも、結局は人だったりもする。
友達だけではない。行く先々でどこかに元気をくれる人はいるものだ。
そのことを家庭でも学校でも、子供に教えて欲しい。
無論、家庭が子供の最後の一里塚であることは大前提である。